これはどこにでもある話だと思ってほしい。
そうでなくては自分が異常に思われてしまうし、正当化するチャンスさえ与えてもらえないだろう。
つまり、こんな風に言い出すほどそれは実に情けない話だった。
だってどう考えてもおかしいだろう、自分の子どもにヤキモチを妬く、なんて。





黒須藍、ただいま齢三十二にして一つの危機感を覚えていた。
忙しい一日を終えて皆がリビングで思い思いに寛ぎ、談笑したりしている。
和やかで心安らぐ時間のはずなのだが、心中は空気や状況と相反していた。
三歳になる息子の陽――ヒナのおかげで。

「ママ」
「ん?どうしたの、ヒナ?」
「今日ね、夢はなに?って聞かれたよ」

保育園での出来事を話そうとしてるんだろう。ミケは笑顔で聞き入る。

「なになに〜?ヒナは何になりたいの?」
「あのね、パパになりたい!ママはぼくのおよめさん!」

バキッ!!

「・・・・・・」
「・・・・・・」

沈黙が流れて、お互い静かに顔を見合わせる。 二人の娘はテレビに夢中になっていて気付かなかったのが不幸中の幸いと言うべきか。
俺のした事にミケが目を丸くし、声を上げる。

「クロッ!?缶がぐしゃりってビールが零れて・・・!!」
「お、落ちつけ、ちょっとビックリしただけだよ!」
「ビックリしてそうなったの!?」

目の前で、あわわビールが、と慌てて俺の服や床を拭くミケを適当にごまかして宥め、台所に一人逃げ込む。

――またやってしまった。
俺は心の中でため息をつき、頭を抱えた。
そう、こんな風にたまにおかしな反応をしてしまうことがあり、それは決まって陽が絡んでいる時だった。
この間も、陽が「ママ大好き!」なんてミケに言って「あたしもヒナ大好きー!」とぎゅうっと抱きしめられているのを、台所から見てしまい。
調理中で手にしていた菜箸を思わず割っていた。もちろん、内緒でこっそりゴミ箱に入れて始末しておいたが。
しかし相手は息子だ、しかもまだ三つ。こんな風に反応するなんてどうかしているとしか思えない。
前に同じく息子を持つキューにもこっそり聞いてみたが、彼は全然ジェラシーは感じないという。 逆に、子どもにまでってそりゃお前やばくねぇ?とまで言われてしまった。キューに言われるんだからよっぽどの事だ。
だが、どうしてもどうしても。ミケは俺のものなのだ、と。
思わず遠い目で、暗い壁の隅を眺める。
・・・俺、こんな駄目な男だったっけ・・・。
力を抜いて壁に背中を預ける。
なんでだろうな。俺はいつまでも父親って実感がないんだろうか。だからヒナにミケを取られる気がしちゃうのだろうか。
いくら考えても解けない問題だけれど、ただ言えるのはひとつだけ。深く深く、底から吐くようにため息をついた。顔が熱い。
―――俺はミケがどうしようもなく好きで好きで仕方がないらしい。



クロは今日も変だった。
就寝時間故にベッドに寝転がって先ほどの彼の行動を思い出し、あたしはそう思う。
クロがああいうよく解らない行動を起こす理由、というか状況はなんとなく読めてきた。 伊達にずっと幼なじみをやってきた訳ではないのだ、それくらい解る。 しかもアレは、恋人同士になってからよくあったような気がする、ただあたしとヒナが絡む時に起こるからすぐには気がつかなかっただけだ。
隣にもぞ、とクロが入ってくる。くああ、とあくびをして横になる彼とは反対に、あたしは上体を起こし、クロを見下ろした。

「ねえ、クロ」
「なんだ?」
「・・・クロ、あたしとヒナが仲良くしてる時、変だよね」

沈黙が流れる。どうやら図星らしい。
あたしの爆弾発言に、クロは冷や汗を垂らしているようだ。気まずいって顔をしている。

「・・・別にんなことねーよ?」
「そうかなあ・・・クロいつも変な顔してるよ。・・・ねえクロ」
「な、なんだよ」

じっと、狼狽するクロを見つめる。
もしかして、ヤキモチ?

「・・・・・」
「・・・当たりですか、クロさん」
「・・・ご名答です、ミケさん」

あたしは思わず笑いそうになって慌てて堪えた。だって、クロってば『最悪、見破られた』っていう悔しそうな表情なんだもの!
それでも愉快そうな色が顔に出てたらしい。あたしを見たクロは真っ赤になりながら、悪かったな!と言って背中を向けてしまった。
やっぱり、そうだったんだ。そっか。あたしは遠慮なくにんまりと笑ってしまう。
思えばクロもあたしも随分なヤキモチ妬きだった。特に、クロは。
高校では余裕そうに澄ましていた彼も、高校から大学へと移る頃には、あからさまに態度に出すようになっていた。 目の届かない所で輪を広げるあたしに、クロは不安だったんだろう。 後悔はしていない、けれど果たして修行の道を選んで良かったのかって呟いてたこともあった。
いつだったか、あたしが大学の飲み会で帰りが遅くなった時、クロは酔って歩けないあたしを迎えに来てくれた。 クロはあたしの後ろにいる同級生たちを睨んで、こう言ったっけ。
こいつにこんなに飲ませていいのは俺といる時だけだから。
そうしてあたしをおんぶして帰ってきて、誰もいない場所で抱きしめられた。きつく、強く。
『バーカ、男と飲んでんじゃねえよ!』
女の子もいたんだけど、なんて言葉は彼の唇に塞がれてとうとう出すことはなかった。 クロの大きな手で頭を押さえられたまま熱く深いキスを受けて、首元に赤い花を幾つも咲かせられた。 冷たい夜風ですっかり酔いも醒めていたけれど、溺れそうだった。クロの真剣で熱い瞳に、激しく甘い愛撫に。
クロがここまで全身で嫉妬を表したことはなくて驚いたけれど、すごく嬉しかったのを今でもよく覚えている。
懐かしい、今ではとうに昔の出来事だ。
ヤキモチは未熟な証拠でもある。けれど、精一杯愛してくれてる、目に見える証だった。だからいつでも嬉しかった。 そしてそれは、今も同じで。

「ふふ。ヒナは子どもだよ?」
「・・・でも男、だろ。嫌なんだよ、例え自分の子ども、でも。・・・馬鹿みてーだけど」
「そっか。・・・・なんか久々だよね、そーいうの」
「・・・ああ」
「・・・ありがと。まだ、そんな風に思ってくれるんだなって、嬉しい」

―――いつも思う、ふとした瞬間に。
もしもこの町に生まれてなかったら、クロと幼なじみじゃなかったら。 例えばあたしはただの普通の娘でクロは遠い国の王子様とか、もしかしたら擦れ違うことすらない男と女だったら。
だけどそれでも、きっとあたしは世界中のどこからでもクロを見つけ出して、出会ってた。 幸や灯、陽を産んで、クロと一緒に明るく幸せな人生を歩む、それはあたしの必然の未来だったような気がするんだ。
だって子ども達がいない・・・クロがいない人生なんて考えられない。 クロがいなくては、あたしは生きている意味なんてない、全てなかったことと同じだった。それほどに。

「だいすきだよ、クロ」




世界中で一番大好きだと彼女は笑う。
その眩しいほど輝く向日葵のような笑顔は、昔から、まだ恋とは呼べない二人の頃から変わらない。 いつでもこの笑顔に救われてきたと俺は思う。

「ひゃっ!?」

悲鳴が上がるのもお構い無しに、上から覗き込んでいたミケを引っ張ってそのまま下に押し倒す。 一気に近くなった顔と触れる二人の体温に、お互いの熱が上がった気がした。

「ク、クロ?」
「バーカ、何が久々だよ」
「うえ?」
「ヤキモチなんて抑えてて判らなかっただけだっての。まあ、ヒナに関しては失敗してたけど」

「・・・もう無理なんだ、俺は。大人になりきれない。一生、お前を独占してたい」

じっとミケの瞳を見つめて呟いた。
ミケのきょとんとした表情は、やがて真っ赤な林檎のようになり、羞恥に耐える表情へと変わる。
それに気付いた俺は気分が良くなり、愉快な気持ちでくくっと喉で笑った―――血が疼く。獣の、血が。
ミケが小さく動いた。目を合わせて、ぎく、とする。 まっすぐな瞳に射抜かれた。静かに俺を見つめて、濡れた唇が艶っぽく少し開いて・・・いつのまにかこいつはそういう顔をするようになった。

「クロだけだよ。・・・あたしを一生独占していいのは」

――なんて殺し文句だ。
仕掛けるのは俺。でもいつも返り討ちに合ってしまう――だからだよ。 余計離れられなくて、いつまでも自分だけのものでいてほしくて。
勝手な男の性だけれど、解っていてほしい。

「ほんっとにお前には敵わない・・・」

ほら欲情も止められない、ああだから今夜も、これからもずっと。
俺のものでいて。


囁いた言葉に彼女が頷いた瞬間、唇は彼女を求め、漆黒の帳が俺たちを包む。
真夜中の、ショータイムの始まりだ。








(いつまでも、あなただけ)









title by 忘却曲線

09.4.26.aoi
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千夏さまからのリクで「現在か未来でクロが嫉妬、甘々」でした。
嫉妬ネタは難しいですね・・・。とりあえずクロは無言で静かに耐えるイメージがあります。
勝手ながら上のような感じでいかせていただきました。
こんなんでいいのか不安な上に、妙にアダルトチックな話になって申し訳ない・・・。
とりあえずクロミケはいつまでもお互いに夢中でいるといいと思います。
そして末っ子長男の陽は直感にて父の嫉妬を感じ取り、次第に大人でドライな子どもに育つのだと思います(笑)

千夏さま、大変お待たせいたしました。リクエストありがとうございました!