なんでこんなことをしているんだろう。
そう思いつつも、譲れない戦いだった。
「杏ちゃんは俺と結婚するんだから!!」
「違うよ月、僕と結婚するんだよ!」
「ちげーよおまえらっ、イバちゃんが結婚するのはなあ!」
「そうだよあんたたち、兄弟は結婚できないんだよ!?六歳にもなって何言ってるのよもー」
「杏ちゃんそこー!?せっかくキューちゃんが立てたフラグが台無しに…!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ五人は現在椎葉家の居間にいて、そもそもなんでこんな口論をしているかというと。
キューが遊びに来て、杏子を遊園地のタダ券があると誘ったのが事の始まり。
デートをする気だと勘づいた双子が一緒に行くと駄々をこね、桃子が疑い――
「キューとふたりで行くなんて絶対ダメ!!」
「杏ちゃんお嫁に行けなくなっちゃうよお」
「おまえら何言ってんの!?んなわけないだろーが!!!」
「ちゃんと本気で誘ってるんでしょうね?じゃなきゃ怒るよキューちゃん」
「幼なじみ誘うのに本気とか遊びとかあるのか!?重いよおまえ!!」
「何言ってるの当たり前じゃない、杏ちゃんを安心して任せられるか確かめるのは大事よ!」
「俺はそんな信用ないのか」
「デートなんて断固反対ー!僕らと一緒に行こ?」
「デ、デートなんかじゃないってば星!恥ずかしいこと言わないでっ」
「生憎、券は二枚しかねーよ?残念だが諦めろ」
「キューのケチ!鬼!杏ちゃんをどうする気!?」
「勝手に人をドロドロした奴にすんなよ!!昼ドラか!」
「俺らと勝負しろ!勝ったやつが杏ちゃんとデートするんだ」
「なんでだよ!そもそも券を持ってきたのは俺だっつーの!!」
こんな言い合いがいつのまにか脱線し、 杏子が誰といるのが一番いいかという所にまで話は発展し、冒頭の会話になるのだった。
別に付き合ってもいないけれど、それでもキューは誘うなら杏子と決めていた。
だが彼女の前には必ず鉄壁の弟妹が現れる。
しかし、桃子は最初疑ってはいたものの(なぜなのかよく解らないのだが)、 なにがなんでも杏子と行く気らしいと判ると応援派に寝返った。残るは最強のシスコン双子である。 その双子はヤダヤダと我儘言いたい放題、すんなりと遊びには行かせてくれない―― うん、お兄さん、そろそろキレる。
――ダンッッ!!!
突然の物音に、その場にいた全員がビクッと身体を震わせる。
音を立てた張本人であるキューはギンッと双子を睨み付けた。
あまりの気迫に一同は声も出ない。
「おまえら姉ちゃんに息抜きさせてやりたいとは思わないのか」
う、と双子が明らかに詰まる。
たまには家事も忘れてパーッと遊びに行かせたっていいだろ?と畳み掛ければ、 うううでも、でも、と言い澱んで双子はおろおろする。 姉思い故にその意見に傾きつつあるのだが、最終的にイエスとは言えないらしい。
その反応に、まあそりゃそうだろうなあとキューは他人事のようにのんびりと思った。
彼らにとって問題なのは、姉がデートするということであり、一緒に行く相手が『俺』だからなのだから。
論点をこっそりすり替えて勝とうとしているあたり、せこいことは十分承知だ。
だが、そうするしかないほど彼らはしつこかった。 若干引っ掛かるあたり、双子は賢いとキューは兄の思考で妙な感心もする。
杏子もキューの思惑には気づいているらしく、呆れ気味にキューを見ていた。 そしてひとつ、ため息。
目敏く見つけたキューは、作戦変更とばかりにニッコリと笑う。
「な、イバちゃん。遊園地行きたいよな?」
「………」
行きたいよな――『俺と』。
なんて声が聞こえた気がして、杏子は、かあぁと赤くなる。 対してキューは余裕綽々でニヤニヤと笑いながら見ているだけ。
はあ、案外意地が悪いわ、キューちゃんは…と桃子は頬に手を当てた。
まあ、でもベストカップルだというべきか。…色々な意味で。
「杏ちゃん、もうキューちゃんと行きたいって認めたら。双子くらいどうにかなるよ」
「な、なに言ってんの桃子?べ、別に…私は…」
「素直にならなきゃ損するよ?杏ちゃん」
「…………」
「行こうぜ、イバちゃん」
そういうのダメ押しって言うのよね。
桃子はそんなことを思った。横にいる姉を見やれば、彼女はすっかりキューの笑顔に呑まれて声も出ない。 真っ赤な顔で返事を出したのは、それから三十秒はたったあとだった。
杏子にしては珍しい、蚊の鳴くような声。
「い、……行きたい……」
勝った…!!!!
キューは拳を握り、天に向かって震わせる。
アイアムウィナー!!イェア!と勝利を噛み締める横で、双子がガクッと膝をついた。
*
当日、いい天気だとキューはいつもより機嫌よく椎葉家に向かった。
「イバちゃーん行こうぜ」
「うん…」
出てきた杏子はなぜか浮かない顔をしている。感情がごちゃ混ぜになった微妙な顔だ。
なんだ?元気ないなあとキューは首を傾げ…気づいた。
さっき、玄関に本日休業って書いてなかったか。
冷たい汗とともにひとつの予感が頭をよぎる。そして、その恐ろしい予感は当たった。
「キューおっはよー!」
「キューくんおはよー」
「………」
椎葉家全員がぞろぞろと出てきた――遊びに行く格好をして。
双子の後ろに椎葉父、その後ろに桃子。
…まさかまさか。
「いやあ月くんと星くんが珍しく遊園地行きたいってねだってきてねえ。今日は休店日にしたんだ。 一緒に行っちゃって本当にいいのかな」
「……」
桃子が後ろからこっそり手を合わせて必死に謝っている。
キューは悟った。瞬く間に深い絶望感に襲われる。
双子め…こんなときだけ父親を頼りやがったな……。
杏子が一番強い故に。珍しく直に頼り甘えてきてくれたのが嬉しいらしく、それが父親の表情にも表れていた。
ピュアなんだおっちゃんは。双子の思惑に気づかないくらい…。 そんな人にダメですなんて、言えるわけねえよ…。
ひきつった笑みを漏らし、灰になりつつあるキューを見て、双子はニシシと笑いあう。
杏子がひとつ深い深いため息をついた。
おっちゃん、どうかこの天使の裏の黒さに気づいて。
叶わない願いは空に儚く消え、見事に敗れ去ったキューだった。
(杏ちゃんは僕たちのものだもんねー!)
(おまえら…いつかギャフンと言わせてやるからな!)
ラ ブ ・ ア フ ェ ア
(なんてことはできそうにない)
(なんてことはできそうにない)
09.09.20.aoi
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おまけ
「ねえ、月と星がいないとこで誘ってくれれば良かったのに」
「まあ、どっちにしろついてくる気がしたんだよ…」
「…ごめん、否定できない…」
リクを頂いてから約半年ぶりです本当に本当にすみません…!!!(土下座)
都さまからのリクで「キューvs椎葉弟妹」でした。
もうここを見てくださってないかもしれませんが…。
そしてこんな話で良かったの、か…どうか……(チーン)
父を味方につける策士な双子と最後の詰めが甘いキュー。 まさに虎と龍の攻防戦のイメージで書かせていただきました。
最終的に電車の中で全員がくっついて寝るというアットホームな感じで帰るとは思いますが、 遊園地ではとにかく双子は杏ちゃんにひっつくという軽い地獄っぷり。
ちなみにふたりはただの幼なじみの設定です。
負けず嫌いが災いして双子と張り合ってるんだろーなーと思いつつ誘ってくれたのが嬉しいイバちゃん。 なんで俺こんな必死になってんのと思いつつ決めたことは譲れないキュー。
そんなふたりでもしっかり萌えます。そしてぎゃあぎゃあ騒ぐ人たちを書くのはとても楽しいですね!(ストレス発散)
あとタイトルは意味を間違えて覚えていたらしく(愛の障害とか思ってた・爆) 今調べて話と全く合ってないことに気付きました。 なんでこれが「情事」やねんっていうね。 でも語感が気に入ってたのでこれでゴリ押し☆(ええぇ…)
都さま、大変長らくお待たせいたしました。リクエストありがとうございました!!