守りたいと思っていた。誰よりも強くやさしく。





「春だねえ」

暖かくなってきた、と星が空を見上げると、月もまた同じようにする。
桜はまだ全然咲かないみたいだけどな。
そう返すとまた視線を前に戻す月を見て、星はちょっと笑った。
今日は高校は午前中で終わり、月と星はもぐもぐとたこ焼きをつまみながら我が家を目指して歩いていた。
月が少しだけ静かでぼんやりしている理由が十分に解っている星は、あえて口にする。

「今日、なんだよね」
「うん」
「きっと桃ちゃんはお祝いのケーキを作ってるよ。自分の記念日じゃないのに」
「絶対作ってるな。そんで嬉しそうにケーキを持っていくんだ」
「・・・月、わんわん泣いてたよね」
「そーいうおまえも鼻水垂らしまくってたじゃん」
「垂らしてないよ!」
「いーや垂らしてた」

しばしの沈黙のあと(星は小学生のような喧嘩を続けることはしない)、二人が思うことは同じだった。
あれから六年経つ。早いものだ、と。
六年という歳月は何もせずボーっと過ぎていくほど短くはない。 何せ、彼らには既に四歳になる甥や一歳になる姪もいる。
思い起こせば、六年前の今日という日は今でも胸のどこかを軋ませる。
それでも春が来ると必ず思い出す。否、思いださずにはいられなかった。
大好きな姉が、若くして幼馴染に嫁いでいった日のことを。








「「杏ちゃんがキューのとこにいくなんてやだーーーー!!!」」

双子の絶叫が結婚式会場となった町内会館にこだまする。
その日は朝から一日中泣いていた。月も、星も。
最初は宥めていた杏子も、式の準備がある。いつまでも腰にしがみついて離れない双子に構ってはいられず、途方に暮れた。 呆れつつも嬉しいものを感じていたのは事実だったけれど、父や桃子が何を言っても離れない。さすがに困る一方だった。
その時、現れた一休が双子の脇をくすぐり、隙をついて、ひょいと双子を肩にかついだ。あっという間の出来事だった。 周りに感嘆の声や溜め息が広がる。
双子を預かると一休は笑う。主役なのだからと制止する桃子に大丈夫と手を振って、下ろせと喚いている双子に一切動じず、抱えたまま移動していった。
一言も発しなかった杏子はといえば。あまりにも鮮やかな解決と男気溢れる後ろ姿に、思わず見惚れていて、 そしてそのことに気づいた瞬間、悔しそうな表情で赤くなっていたのだった。



一休が双子を自分の支度部屋に連れていく。
そこで二人を肩から下ろすと、途端に蹴るわ殴るわのささやかな暴行を受けた。

「うおっ、いて、いてえよお前ら!」
「ばかばかばか、ばかキュー!」
「杏ちゃんを取っていくなんてずるい!!」
「いや、ずるいって言われても・・・ちゃんと結婚するって挨拶しただろ?」
「お父さんにだけじゃん」
「僕ら納得してないよ!」

沈黙が訪れる。一休は顎に手を当て、考えた。
確かにそうかもしれない、と。
よく考えたら椎葉家で挨拶はしたが、当の双子は、ぽかんとしていた気もする。 桃子はやたら喜んで「式は?住む所はどうする?」と現実的な問いを投げかけまくっていたが。 親父さんも嬉しそうに承諾してくれ、トントン拍子に話は進んだ。
ついでにお祭り騒ぎが大好きな商店街の皆々に乗せられ、今日まで二週間かかったか、かかってないかくらいのスピード婚だ。 あまりにもめまぐるしく事が進み、双子ときちんと向き合ってないことに気づく。

「あー・・・お前らの言う通りかもな・・・ごめんな。ちゃんと話をしてなかったよな」

一休は二人の頭に手を置き、申し訳なさそうに謝った。
きっと、双子は日にちが進むにつれて「結婚」の重大さを理解していったのだ。 結婚とはすなわち、もうこれから杏子は自分たちと一緒に暮らさないことなのだ、と。
そうして今日になって一気に、一休に取られた悔しさが爆発したのかもしれない。
月が、ぽつりと小さな声で呟く。


「・・・・俺、杏ちゃんの一番は俺たちだってずっと思ってた」


生まれた時から母同然に愛情を注いでくれた杏子。桃子も同じくらい大好きではあったが、やはり杏子は格別だった。
いつも瞳はやさしく向けられ、どんな時も弟妹のことを一番に考えていてくれたから。
けれど、それは違うのだと気がついてしまった。
少し黙っていた一休は、やがてフン、と小さく鼻を鳴らし、切なさを含んだ空気を一蹴する。

「バーッカ」
「!?何を、」
「あのなあ、どーしたってイバちゃんはおまえらや桃子が一番大切なんだよ!」

月と星は突然の一休の怒声に驚き、身を固くする。

「・・・特別なんだよ、お前ら家族は。俺とは断然格が違うんだよ。お前らの位置に俺なんかいつまでたっても追いつけやしない」
「イバちゃんがどれだけお前らを大切にしてきたかなんて、俺が言わなくても十分知ってるだろ? ・・・そんなことも解らず、泣いて拗ねてイバちゃん困らせてんなよ。十歳にもなって恥ずかしくねーのか!」

まさか一休からこんな叱咤を受けるとは夢にも思わず、双子はただただ、一休を見上げたまま固まっている。
一休はフッと優しい笑みを浮かべた。穏やかに双子に語りかける。それはもはや父親のような表情だった。

「全く、お前らには嫉妬するぜ?なんてったってお前らの姉ちゃんは、いつも俺とのデートより授業参観や家事を優先させてたんだからな」
「・・・・!」

そうやって、イバちゃんはこれからもお前らを大切にしていくんだ。
・・・悔しいことなんか何もないだろ?
問いかける一休の声はひたすら優しい。じんわりとした温かさを持って月と星の心に沁みる。
ぽた、と小さな雫が床に落ちた。どちらのものかは判らない。けれど、二人分の心を映した雫なのだろうと一休は思った。


「・・・だって、俺らが守ると思ってたんだ」
「・・・うん」
「杏ちゃんはもう、僕たちのこと見ないような気がしたんだ。必要ないって」
「なに言ってんだよ」

一休は、月や星の頭を撫でながら笑った。

「イバちゃんにとって一生、お前らは小さな騎士(ナイト)だよ」

星がくしゃりと涙に顔を歪ませて問う。

「・・・杏ちゃんが好き?」
「ああ、好きだよ」
「誰よりも?僕たちよりずっと?」
「誰よりも、お前らにも負けないくらい大好きだよ」


・・・悔しくて悔しくて、でもなんだか誇らしくて嬉しくて。二人は何も言わずに一休の胸に勢いをつけて飛び込んだ。
双子の目からはぼろぼろと大粒の涙が零れてゆく。まだ泣き足りないのかと一休は苦笑するが、温かいものも感じていた。
杏子がどれほど慕われているのかが解るからだ。
月と星の身体に手を添えたまま、跪く。ふたりのそれぞれの片手を取り、やさしく微笑んだ。


「ごめんな。・・・お前らの杏ちゃんを、ひとりの男として大事にさせてくれないか」


ぜったいに、しあわせにするって誓うから。


一休の言葉に、たまらずふたりは声を上げて泣いた。

―――結局こうなんだ、敵わない。
いつだってこの人は自分より大きくて強くて、杏子の気持ちに誰より寄り添っている。
解ってるよ、解ってる。もう充分知ってるんだ、杏ちゃんはキューといれば幸せなこと。
キューのこと話してる時、いつも嬉しそうだった。キューの隣にいる時、見たこともない笑顔なんだ。 結婚するって言った時なんて、どんな時より一番、いちばん―――。


そう、一休の隣で彼女はこの上なく綺麗に、輝く。双子の傍では決してしない表情だった。
それに気づいた時、裏切られたような気がして、寂しくてたまらなかった。
だけど、だけど。

「「・・・キュー、杏ちゃん泣かしたらぶっとばすからね!」」

杏子の幸せを第一に考えること。それが自分たちに出来る精一杯の恩返しだ。
一休に強く抱きしめられ、明るい笑い声が響く。
これでいい。これがいい。きっと杏子が望んでいるのはこういうことだ。
月と星は、いつの間にか憑き物が落ちたようなスッキリとした顔で笑っていた。

「「結婚、おめでとう!」」










「こんなことがあったよね」
「懐かしいねえ。でも悪いけど、あんた達あの頃から全然変わってないから・・・」

杏子が乾いた笑みを顔に張り付けて呆れ気味に言うのも無理はない。
学校から帰った双子が真っ先にしたのは、子どもを預けて出かけようとしていた花咲夫妻を捕まえる事だった。 おかげで、一休は未だに杏子と二人きりの時間を与えてもらえないでいる。
「いつも独占してるんだからいいでしょ?」と悪魔の笑みをもたらす双子に、 どこの世界に、よりによって結婚記念日に邪魔する奴がいるんだと一休は思う。
そしてそれは、恐ろしい事に毎年行われていた。 その度に、「どんな逆襲だよ!」と一休は頭を抱えるはめになるのだ。

「・・・ほんっとに今さらだけどな、おまえらいつまで俺の邪魔する気だよ!?」
「一生だよ、キュー」
「嘘だろ」
「悪いけどホントだよー、杏ちゃんを攫っていった罪は重いもんね」
「おまえらシスコンにも程があるだろ・・・」

半ば呆れる一休だが、双子はどこ吹く風だ。ちっとも悪びれてはいない。
ほんっとにごめん・・・と隣で杏子が呟いた。
いや杏子が謝ることじゃないって、と言ったのを皮切りに、夫妻の会話が始まる。

「あ、そーだ。探してた芳野のオモチャ見つけたぜ、洗面所で」
「洗面所!?なんでそんなところに」
「一梧と遊んだ後にお風呂入るだろ。その時に置いたままだったんじゃねえの?」
「ああ、そうかもね。全く、一梧にも、ちゃんと使ったものは片付けるって教えてるのになあ」
「そこはしょうがないだろ、まだ小さいし」
「あーもうまたキューは甘いんだから!」
「だって可愛いんだもん!」
「もん、じゃないよ!大体キューってばこの間も」
「あーーーとりあえずさ、な!あれがないと泣くしお義父さんとこに届けるか?」
「話逸らすし、もう・・・でもそうだね、後で持っていこう」

あーだこーだと話しはじめる杏子と一休を、双子はただ黙って眺めて、顔を見合わせた。
こうなるんだよね。
うん、やっぱりな。
アイコンタクトで言葉を交わし、微笑み合う。
二人の入る隙などないくらいに杏子と一休は仲が良いのだ。何が「邪魔」だろう。そんなこと言っても結局、双子の妨害などこうしてあっさりと跳ね除けられるのだから。
そして、杏子はいつもいつも、幸せそうな顔をしている。

「あーあ、今日も完敗かあ」
「邪魔した意味ないな」

悔しそうな言葉とは裏腹に、月と星は、ぎゃんぎゃんと仲睦まじく騒ぐ夫婦を楽しそうに眺めるのだった。


守りたいと思っていた。誰よりも強くやさしく。
姉の寂しさと孤独に震える背中を知っていた。人知れずひっそりと泣く夜があったことも。
だから、いつかは一休たちと肩を並べられるくらいに大きくなるのだと。
もう心配させることのないように。泣かせることのないように。大きな手でで安心させてあげられるように。
一休を認めた今でも、その想いは変わらない。そして、こう思うのだ。


どうか、幸せでいて。本物の騎士がずっと、傍にいるから。











(僕らはずっと祈ってる)








title by luna.

09.4.25.aoi
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叶姫さまのリクで「シスコン双子+キューイバ」でした。
現在か未来とのことで、結局二段階の未来話になりました。双子が10歳と16歳頃の話です。
キューはこうやって男らしく双子と向かい合ってるといいなあという思いから生まれたのですが、 果たしてこういう話が読みたかった訳ではないんじゃないかとビクビクしています。笑
お叱りも受け付けますので・・・!

大変遅くなってごめんなさい。リクエストどうもありがとうございました!