「飛鳥さーんっ、好きです愛してます!!」


彼のこの言葉を聞くのは何度目だろう?




ある日曜日の昼を過ぎた頃、サトは焼き鳥屋を営む家の店番をしていた。 サトは客を集めるのも声を出すのも苦手だったが、店番は好きだった。 焼き鳥が並べられた台の上はぽっかり空いていて、そこから行き交う商店街の人々が眺められるからだ。 時には顔見知りと笑って会釈をし合う、そんなふとした交流がサトには心地良い。
そして、今日も派手に告白して玉砕した少年とバッチリ目が合う。 一瞬気まずそうな顔をしたものの、数秒後には、ぽて、ぽて、と少年が力なく歩いてきた。


「・・見た?」
「うん・・・。見ない方が難しいかな・・・」


あんなに華々しい外見を持つ男女が愛の攻防を交わしていたら誰だって注目するだろう。 ましてや本日のバトル会場がサトの店の前とあっては。
すっかりうなだれて生気を失った瞳をする一休に、サトは苦笑して焼き鳥を一本渡してやる。一休の大好きなネギマだ。


「元気出して、キューちゃん」
「おおお、サトの優しさが身に染みるぜ・・」


サンキュー、と笑う顔はまだ覇気がなくとも、ほぼいつもの一休に近い。立ち直りが異様に早いのも一休の特徴で、サトは笑いつつも、ほっと安堵の息をついた。
一休は台の横の壁に背中をぽとんと預ける。そうしてネギマを食らう姿は、たとえ手に持っているのが焼き鳥だとしても、絵になった。 均整のとれた横顔はさながらギリシャ彫刻のよう。さらさらの色素の薄い髪が風にふわりとなびく様がまた綺麗で、サトは思わず目を奪われた。

こうして黙っていればカッコイイんだよね、キューちゃんって。

サトが少々失礼な――だが事実を改めて認識して、先週始まったある戦隊アニメのへたれ美形ヒーローを思い浮かべていた時、一休が口を開いた。


「なー、サト」
「えっ?な、なに、キューちゃん?」
「・・・おまえは諦めるの?」


静寂が訪れる。
何を、なんて聞かなくてもわかった。サトが諦めなければならないものは一つしかないからだ。今までも、これからもずっと。
サトはちょっと柔らかく笑った。こっちを向いて、少し不満げに唇を尖らし、不安に揺れている瞳に向かってゆっくり、静かに語りかける。 まるで、小さな子どもに言い聞かせるように。
答えは、簡単だ。昔から、決まっていたこと。


「クロちゃんの隣はミケでいてほしいもの」


ね?だから、私はいいの。
・・・遠慮、してるんじゃないんだよ?


一休はぱちくりと目を見開いてサトを凝視した後、そっと目を伏せて、嘆息した。
・・・自分とはまるで大違いだ、と。


「おまえ・・・大人だな」
「そう?・・でも口でなら、なんとでも言えるじゃない?
・・・私だって苦しかったよ。些細なことでも嫉妬して、でも。・・・好きだったんだもの。ふたりで笑っている姿を見るのも」

そっか、と一休は笑った。

「でもさー、言えるだけすげぇよ。―――結局、俺はまだ自分が一番なんだよな、きっと。」


だから、いつまでたっても、あの人の幸せなんて祈ってやれねえんだ。俺は。


遠くを見つめてぽつりと呟いた一言が、サトの心になんだか寂しく響いた。
けれど、むずかしいよね、としか返すことができなくてサトは泣きそうになる。ちょっとだけだけれど。 痛む胸を知りながらも気持ちを伝えるしか為す術がない一休の方が、きっともっと心は泣いている。 諦めてしまえば、楽なのだけれど、彼は知らないのだ。諦め方を。
顔に出ていたのだろう、気付いた一休が、おまえがそんな顔すんなって!笑え、接客は笑顔が命だぞ、とくしゃくしゃにサトの頭を撫ぜて、ニカッと笑った。 ごめんな、と小さく一言を織り交ぜて。


「なー、サト」
「なあに?キューちゃん」
「俺、おまえのこと尊敬してる。いっつも人に優しくてさ、行きすぎてるところもあるけど」


そうやって他人の幸せを願えるのって、案外できないもんだぜ?


俺がいい例だと一休がニカッと明るく笑って、焼き鳥ごちそーさん!とお金をチャリンと鳴らして置く。 お代なんていいのにと慌てて言おうとした時にはすでに一休は歩き出していた。 その後ろ姿に、もう哀しみの影はない。


サトは、思う。
本当は、一休が羨ましかったのだ。彼がサトを羨ましがったように、サトも一休の一途に走っていけるところが。
いつまでもいつまでもクロを想えれば良かった。でも、ミケを想えば身を引く自分しか想像できなくて、 彼には彼女しかいないと、わかりすぎているほどわかっていた。それでも、そう言い訳したように彼を諦めた自分に、どこかで劣等感を感じていた。

けれど。

諦められる自分でもいいのだと、一休は教えてくれた。それが私の良いところなのだと。


吹き抜ける風は冷たい。それでも、今のサトにはさらさらと優しく感じた。心が、とてもあたたかい。冬の中で触れる暖かな風に包まれたようで、頬は緩む。


いつだって、彼はまっすぐだ。 そうやって素直に伝えてくれるその眩しいほどのまっすぐさが、彼の良さなのだとサトは小さく笑って思う。
もう人混みに紛れてしまった一休に、小さく呟いた。









頬 を 撫 ぜ る 風



(ありがとう)







08.11.09.aoi
(thanks for )

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リクエストのサトとキューです。リクしてくださってありがとうございました!そして遅れてごめんなさい。

サトと絡めばみんなほのぼのする気がしますね。それが癒し系であるサトの良いところなのでしょう。
反対にキューはつくづく太陽のかたまりのような気がします。ふたりはいわば太陽と月ですね。