「――ずるい!」
「ずるくないだろ。そもそも勝負を仕掛けたのはそっちだ」
「う…」
確かにポーカーをしましょう、と持ちかけたのは泉水子だった。
大きなテストも終わり時間に余裕がある生徒会では、トランプを使って遊ぶのが最近の流行りだった。 そこで数日前覚えたポーカーを深行に吹っ掛けてみたのだ。
誰もいない生徒会室で行われた、気まぐれではあったけれど密やかに熱が入った戦いは、深行がロイヤルストレートフラッシュを叩き出して終わった。
勿論、泉水子が目を剥いてしばし口も聞けなかったことは言うまでもない。
「なんでロイヤルストレートフラッシュが出るの…?」
「悪いな。こちとら何年も前から悪い大人に鍛えられてたからな」
(…まさか、相楽さん…)
というか、一体なんのために。 どんな環境や人間の中でも生き抜いていけるようにか?
泉水子は黙って、そんな疑念を抱いた。
そんな納得がいかない泉水子とは反対に、深行は機嫌良さそうに口端を上げる。その、にやりと聞こえてきそうな笑顔に、泉水子はため息をついて完全に諦めた。
「で、なんでも言うこと聞いてくれるんだったよな?」
「…はい」
その悪役めいた楽しそうな台詞に、相手が悪かっただけだと腹をくくる。
深行の望みに数秒後、後悔するまでは。
「…んっ…」
ちゅく、ちゅくと水音が生徒会室に鳴り響く。 その唇をいいようになぶる音や唾液を飲み込む響きに耳を塞ごうにも、身体は深行の身体に押し付けられて、両手は深行の背中にすがりつくので精一杯だ。
食べられているみたい、と泉水子はぼんやりした頭で小さく思う。 唇を食むようにして上から下へと深行の唇に挟まれて吸われ、熱い舌で丹念に舐められる。 そんなキスをもう数十分は続けていて、泉水子は息も絶え絶えだった。
けれど口がうっすら開いた瞬間、まだ足りないというような性急さで、たやすく侵攻される――ぐっと深くなったキスに心は簡単に疼いた。 訳もわからず粟立つ感情に泣きそうになる。
「んっ、ふっ…」
恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。学校でこんなことをしているということも、深行が男の顔をして自分を見ていることも。
(――言葉なんて、何もくれない癖に)
こんなことして何がいいのか、なぜ私なの、と思う。
何も言われず、泉水子は深行のものだと当たり前に決まっているかのように深行は触れてくる。 そう、こんなのは初めてじゃない。
(私たちは、何も言わなくてもわかる関係なんかじゃないのに)
だからこそあの夏、たったひとつ大切な約束が生まれたのに、深行にとっては忘れてしまえることだったのだろうか。 そして言葉などなくても態度で伝わるものだと思っているのかもしれない。素直じゃない彼らしい理屈だ。 でも、泉水子はかすかに不満をくすぶらせていたから、今回ちょっとした賭けをしようと思ったのだ。
結果、失敗に終わって、こうしてまた彼にたやすく呑まれてしまっているけれど。
(…伝わってないわけじゃない、けど)
――深行の唇はいつだって優しくて甘い。 時々強引な激しさも併せ持つけれど、それでも泉水子を貪欲に求めて求めて、離さないとばかりに独占欲を示してくれる。 身体はこんなにも素直に感情を表すのに、「すき」だなんて言葉は口にしないのが不思議なほどだった。 いつも切なそうに寄せられる眉だって、溢れる思いの丈をどうしたらこぼさず伝えられるか苦難に思っているかのようで――…ああこれが錯覚でなければいいのに。
泉水子の瞳から涙が一筋こぼれ落ちた。欲しいものはいつだって手をのばしても掴めない。 たやすく思い通りにならないのは、深行が一枚上手だからなのか、それともこのままでも十分だとどこかで思ってしまっているからなのか。 泉水子にはわからなかった。脳内まで甘く浸食されてしまっては、もう深行の手の中だ。
ふいに深行の手が背中をゆっくりと撫で始めて、思わずビクッとする。 ほら、こうやって思い悩んでも、いつもより長いキスの理由を考えても、もうダメだ。彼の手は次第に腰さえもゆるやかに撫でて、何も考えられるはずがない。
キスだけで、泉水子は簡単に深行に溺れるのだから。
(すきなひとに触られたら…拒めるわけないじゃない)
深行の唇は荒い息を吐きながら、それでも泉水子の首筋も甘く吸っていく。彼は決して愛撫をやめようとはしなかった。
解放された泉水子の唇からは嬌声しか出てこないけれど、必死に抗議の言葉を口にしてみる。
「や、あ…深行くん、うそ、つき…っ」
「、なにが?」
「キスだけって、言ったじゃない…っ?」
けれどそうやって反抗しながらも、身体も心もすでにほだされていた。深行の唇から痛いほど快感を与えられて、とろけそう。 泉水子は羞恥と酸素不足で涙を流した。
なぜって、答えはひとつだ。このまま身体も何もかも差し出したくなるから、そんな自分が恥ずかしい。 もっと、好きにしてほしい。お腹の下あたりがジンジンと気持ち良いような変な感覚が渦巻いて、そんな自分が淫らに思える。
深行にはその様子もお見通しなのだろう。泉水子の身体をいっそう強く抱きしめて首筋をきつく吸った。 泉水子のすっかり泣き濡れてかすれた喘ぎに離れた彼の唇はひどく満足そうで――そして低く甘い声で泉水子に囁く。
「――キスだけで終わるわけないだろ」
ほら、やっぱり身体を愛する理由なんてくれない。聞きたいのはたった一言なのに、どこまで彼は王様なのだろう。
でも、その唇はいつも優しく世界で一番愛してるよとばかりに泉水子に触れるから、今日も彼に堕ちる。
ずるい腕に支配される
(その恋のはじめ方を憎みたいのに)
(その恋のはじめ方を憎みたいのに)
t.クレア、佐智子
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ここでの彼は、触れ合うためにすべきことができない不器用さを持つ男。
2011.01.16.aoi(少々改稿0118)