重たい雲と冷え冷えとした風に鼻頭を赤くした一休は、視界にちらちら混じり始めた白に気づいて足を止めた。 寒い寒いと思っていたら道理で、と袖中に手を隠して腕を組む。 冷え切った布地に鳥肌がたったが、それも少し経てば治まるだろう。 首の後ろは無造作にまとめた髪が防寒に一役買っている。

 髪が伸び放題でだらしがない、跡継ぎなのだからそろそろ外見だけでもそれなりにしたらどうだと 苦い顔の幼なじみをかわすのに、これはいい大義名分になるだろうか。 小言を言う杏子の表情がありありと想像できて、一休は口元を綻ばせた。

 再び、歩き始める。


「あ」


 雪のため、外に出してある席をしまおうとしていたのだろう。
 目的の店先では、きびきびと動く看板娘達が一休を見つけてそれぞれ表情を変える。

 一人はおかっぱで、可憐な印象の少女。


「キューちゃん、いらっしゃい」
「よっ、お二人さんとも精が出るねぇ」
「キューは遊びすぎ」


 もう一人はおかっぱの少女より年上で、一目でしっかりものと分かる顔つきをしている。 この幼なじみが小言を言い始める前に、一休は笑って用件を伝えた。


「迎えにきた」
「早くない? まだ店があるんだよ」
「こっちの用事だって、早くしないと店が閉まっちまう」
「そうだけど」
「杏ちゃん、キューちゃんと約束があったの?」


 二人の話を聴いていてもたってもられなくなった桃子は勢い込んで姉に訊ねる。 どうして教えてくれなかったの! と言わんばかりの妹に、杏子は少々おされ気味だ。


「いや、だってキューと出かけるなんて大したことじゃ」

 
 杏子らしくない弁解の口調は、妹のそれと正反対に失速していく。


「それにしたって店番だって、出かけるしたくだってあるんだから。もー杏ちゃんってばここは私がやっておくから早く準備しに行って!」
「え、ちょ、ちょっと桃!?」
「約束は守らなくちゃって言ってるのは杏ちゃんじゃない。大丈夫、忙しい時間は過ぎたし、今日はお父さんと私で全部できるよ」


 ほらほらっと桃子に背中を押されて、杏子はのれんの奥に姿を消した。
 桃子の大好きな姉は、店の手伝いやらなんやらでつい自分のことを後回し後回しにしてしまう。 母を亡くしてから杏子は桃子達の姉として、率先して母親の不在を埋めようと努めていたが、そのせいか、杏子の歳を考えればそろそろ結婚をしてもいいころなのに浮いた噂が全くない。
 縁談はいくつかきているし、常連客の中にも(桃子が睨んだところによれば)杏子に惚れている男がいないわけでもないのだ。  


「おーい、これこっちにしまっていいか?」
「あっ、うん!」


 席を片づけ始めている一休に、桃子も慌てて駆け寄る。 少女が物心つくころには、姉と一休は幼なじみとしてそれぞれの家に顔を出していた。 まさに勝手知ったる馴染みの店、というわけでちょっとした店手伝いよりよく働ける。
 いつだったか、あれは桃子達の父が腰を悪くした日、一休が助っ人をかってくれなければあの日は店を回せなかったに違いない。 たまに女子を口説こうと調子よく滑る舌のおかげで杏子に叱られていたが、桃子は普段と変わらない様子の一休が頼もしく感じられたものだ。 口には出さなかったが、杏子もそう思っていたのだろう。 一休が帰るとき、彼が一番好きな団子をおみやげに包んでいた。

 遊び好きでお店に来るときも娘さんを引き連れてくることが多い一休だが、見目のよさだけが彼の魅力ではないことを桃子はちゃあんと知っていた。
 ついでに、彼自慢の舌が本命を前にすると全く役に立たないことも。
 
 二人が片づけ終わって店内に入ると、忙しい時間帯を過ぎたおかげか店内はがらんとしていた。 店主がにっこり笑って挨拶をしに出てくる。
 湯気と香ばしくも甘い匂いが一休の鼻先に届き、思わず喉を鳴らした。
 店主自慢の餡子を使った特製ぜんざいだ。


「いらっしゃい。娘はもうすぐ来ると思うよ。片づけを手伝ってもらっちゃって悪かったね」
「おぉ! 体冷えてたんだ。ありがとおじさん!」
「ね、ねね、それでキューちゃん。今日は杏ちゃんとどこへ逢い引きに出かけるの?」
「グブッ!」


 一休のためのお茶をいれて戻ってきた桃子の質問に、すすったぜんざいをどうにか口内に押しとどめることに成功した一休だったが、その始末で失敗した。 飲み下してようやく思い切り咳き込む青少年が一名。


「桃……っ、あのな、お前逢い引きってどういう意味か知ってんのか!?」
「え、二人で出かけることでしょう?」
「似てるけど不正解」
「なぁに、それ!」
「こらこら、台に乗り出すのはやめなさい」


 好奇心旺盛と無垢が揃うと性質が悪い。
 一休はしみじみ思った。 父親を前にして「俺は御宅のお嬢さんと逢い引きし行ってきます」なんていう男は江戸中捜してもいないに違いない。
 桃子の父も苦笑してすまなそうにこちらを見ている。 うまくはぐらかされた桃子も、じと目で一休を見ていた。 杏子は出かける理由どころか一休と出かけること自体話していなかったようだし、ここは正直に打ち明けないとあらぬ疑いを受けてしまいそうだ。

 居心地の悪さに背筋がむず痒くなる。


「俺はただ……っ、すみれちゃんに何か感謝の気持ちとして物を贈りたいから品選びを手伝ってくれってイバちゃんに頼んだだけだよっ」


 言葉にしたことで、それまで意識しまいとしていた照れくささと気恥ずかしさが一休を襲った。
 
 かぁああっ、と熱が耳に集まる。
 一休はごまかすようにぜんざいを口の中へかきこんだ。












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「レンテンローズ」の住瀬さんからいただきました!
機会がありましてつい「大江戸を!!!」と鼻息荒く頼んでしまいました。

で。
遊んでるくせして本命には手を出せない一休さん。キューの本命を見抜いてる桃ちゃん。

この設定にめちゃくちゃキュンキュンしませんか(笑顔)

大事すぎて手が出せないってのはこの大江戸パラレルの重要ポイントです。醍醐味なんです(自分で言うか)
住瀬さまもそこが萌えポイントだと豪語してくださいました(笑)
なのでそういった部分を大切にしてくださいました。感激です。

これを読んでるとキューがほんとにイバちゃんを好きなことがわかります。
早くさらっちゃいなよキュー!と思わずけしかけたくなる純粋さを持ち合わせるキューが愛おしいです。
なんというかもうキューが素晴らしく魅力的だな、キューらしいな、と心から思えます。
杏ちゃんたら愛されてるなあと再確認もできます。
桃ちゃんの鋭さと無邪気さは天下一品です。その調子でうぶなカップルさんに斬り込んでいってほしいものです。
こんなほのぼのカップル・・・・・いいよね・・・・!(ものすごくいい笑顔)


いろんな萌えをいただいてわたくし幸せものです。
こんな素敵なお話をありがとうございました・・!