桜、ひらひらと春が咲く。


「イバちゃん、キューにお返し何あげるか決めた?」

桜の花道の中で、ミケが振り返って笑顔で聞いてきた。 その笑みは自分にまっすぐ向けられている。 すっかり大人びて、うっすらと飛鳥の面影さえ映るようになったと、杏子は思わず目を細めた。
が、イバちゃんてば聞いてるー?と彼女はすかさずちょっとむくれたので、 こういう所はなあ、とこっそり笑うことも忘れなかった。
もちろん、聞いてはいたのだが、なにか違う気がしてすぐには返事を返せなかった。 少し考えてその違和感の正体にやっと思い当たって、苦笑いをした。

「それ、男子の会話じゃないの?」

あげるも何も、バレンタインの時にチョコを交換してるのだから、実質ホワイトデーも済んだようなものではないか。
そう言うと、あ、そうか、とミケと傍で聞いていたサトが同時に納得した。

「そうだよねえ、なんであたしキューにお返しって普通に考えてたんだろ」
「逆チョコをくれた印象が強かったんだろうねえ」
「あはは、だってキューってば当たり前のようにくれるんだもん」
「そこがおかしい」
「イバちゃんってば。ミケ、気にすべきなのはクロちゃんのお返しでしょ?」

ボンッと煙が出るほど真っ赤になるミケが――いたわけでもなく、サトと杏子は目を疑う。
ミケは至って平然とした表情で、いつものように明るく言ってのけた。

「あげたのは10円チョコレベルだから、お返しはきっとたい焼きとかそんなだと思うなあ」
「え!?なにあげたの!?」
「えー…ほんとに大したことないんだってば。ほら、あのコンビニの…チロルチョコ五個セットのやつ」
「ちっちゃっっ」
「えぇ!?手作り、あげなかったの?」
「だって受験勉強があったんだもんー!気は抜けないって姉ちゃんは鬼だし、ちゃんとしたとこで選ぶ暇もないし!! だから今年はこれでごめんねって」

新事実に、サトと杏子は顔を見合わせた。 知らなかった、てっきり、とお互いの顔にはっきりと書かれている。
にしてもクロも哀れだ。きっと彼はチョコを片手に打ちひしがれていたに違いないと二人は思った。 でも、それもきっと五分くらいのことだろう、と思い当たって杏子とサトはくすくすと可笑しそうに笑い始める。

「ま、クロなら大丈夫でしょ」
「ミケに弱いもんね」
「くれるだけで赤面ものだよね。なんせ十八年も見事に食べる側だったミケだし」
「う…」
「……ていうか、さ。どんなものもらっても高いお返しをしそうなのは私の気のせいかな」
「…気のせいじゃないと思うよ…」

奴はミケに甘いから。
最終的に一致した意見にミケは、もうそんなことないよ!とひたすら羞恥に顔を赤くする。 その反応に対する笑い声が、桜の中にかすかなさざめきを持って響いた。
照れてるミケに、杏子は、いつしかポーカーフェイスを身に付けた青年の中学時代を思い出す。 あの頃はクロばっかりミケを好きだった。ミケが恋愛という意味を持つようになったのは高校に入ってから。
今やっと、想いの大きさが等しくなっている時なのだ。 ミケはクロに追い付こうと走っていて、クロはいつも振り返って待っていてくれて。 きっとミケはそのたびクロの想いの大きさを知るのだと思った。 そうして二人の恋は確かに育っていく、愛へと。
いいなあ。
杏子は、遥か前方を歩いているキューに、視線を一瞬向ける。
そして、羨望と諦めと笑みを含んだ表情で息をついた。

まだ。まだ、伝えられない。いつになるかは誰にもわからない。近いようで遠い未来だ。 私たちは今どこにいて、これからどこに流れていくんだろう。
恋が、愛が、この先、私の上にしあわせな音を持って訪れることはあるんだろうか。

ひらひら舞う桜の美しさに眩暈を覚えたふりをして、杏子はそっと目を閉じる。








春  よ  、  こ  い 



(いつか きっと くるよね?)





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ホワイトデーの時期はまだ桜咲いてねーよ!!
というツッコミは心の奥底にしまっておいてください


個人的には「ちっちゃっっ」というイバちゃんのツッコミが気に入ってる。

09.9.1.aoi