ふいにガラガラ、と戸が開いて、威勢のいい声が高く響く。

「こんにちわー!椎葉米店でーす」

そこに現れたのは、商店街のマブダチ六人組のなかでは母親的ポジションでおなじみ、椎葉杏子ことイバちゃん。
相変わらず両肩に米俵を背負って重そうだというのに、その笑顔は涼しげだ。 みんな目にするたび驚くとともに感心する。そして頼もしいと感じて、思わずこっちまで笑顔になってしまうのだった。

奥からのれんをひょい、と押し上げて花咲家の主人が姿を見せた。

「おぉ、杏ちゃん。お疲れさん、重かっただろ?」
「いいえ、全然!これくらい余裕でいけますよー」
「(これ全部で大人ひとり分はあるはずだよな・・・?)
そうかい?でも少し休んでいきなさい。はい、麦茶だ」
「いいんですか?ありがとうございます。あ、でもちょっと待ってください、忘れないうちに伝票切っちゃいますね」

そう言って笑った杏子は、昔と比べると少しほっそりしている。 あくまでも少し、であって、見た目も中身も今は亡き母親にそっくりだ。 時々、まだ生きていたのかと思わず錯覚してしまうほどに。
彼女が笑っていてくれると、悩んでたことも吹き飛んだ。 そういう安心感をもたらす力が母にあって、それは杏子の笑顔にもあった。 成人しても母親の面影が十分に残っていることが、せつなく感じると同時に嬉しくなるのだった。
あらためてそんなことを思うと、感慨深いものがある。子どもたちはもういつのまにか大人になっていた、と。
花咲家の主人は、そこまでしみじみと考えて、ふいに自分の不肖の息子を思い出す。

「おじさんどうしたんですか、怖い顔して。はい、伝票です」
「え?あぁ、悪い悪い。・・ちょっとうちの馬鹿息子を思い出してね」
「キュー?なんかあったんですか?」
「いや、ただな。杏ちゃんはほんとにまじめでしっかりしてると思ってね。
―――うちのドラ息子とは大違いだ、と」

あぁ・・・と大きくため息をついて心の底から嘆く姿にブフッ、と杏子は思わず噴き出してしまった。 キューとその父親に失礼だとは思ったけれど、我慢できなかった。 ふたりには言わないが、容姿や女にはやさしいところ以外にも、 そうしたオーバーな仕草は確実に息子に受け継がれていると思う。 その表情も仕草も、杏子にとっては日頃から見慣れているもののひとつだ。
とまらない笑いをかみ殺して、一応フォローをすることにする。笑ってしまった、せめてものの償いに。

「なにいってるんですか、もう。キューもあれはあれで誠実なところもありますよ。判りにくいけど」
「本当かい?それなら親にもその誠実さを見せてほしいもんだよ、まったく」

杏子も無意識ではあるが、さりげなくキューに失礼な物言いをしている。 だが花咲の父は気付かず、更に大きなため息をついた。
とうとうこらえきれずにアハハと声を上げた杏子は、キュー父の次の一言で固まった。







「杏ちゃんは、あんな馬鹿息子のどこが良かったんだい?」









周りの空気もすべて、時が止まったように静まりかえっている。
ほのかに小さく、ミーンミーンと蝉の声が聞こえるけれど。 それもはるか遠く遠くの異国の音のように感じられた。





「・・・・・なんでそん な、こと・・・・」



杏子のようやく絞り出した小さな呟きに、キューの父はなにを今さら、といわんばかりに眉を動かしてニヤッと笑う。





「見てればわかるさ」






顔を赤くして二の句が継げない杏子の姿に、花咲家の主人は満足したように微笑んだ。













傍観者のいたずら



(まったく、可愛いねえ!)





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おまけ

「杏ちゃん、もう二十歳だろ?」
「・・・え?あ、はい」
「そろそろうちの看板娘になったらどうだい?」
「!!!!!」
「ちょっとあんた!客がきてるわよ」
「おおっと、もう戻らないと。じゃあ杏ちゃんまたあとでな。お米、ごくろうさん」
「は、はい(助かった・・・、って、え?「またあとで」?)」
「ごめんなさいね、杏ちゃん。うちのがずっとつかまえてたでしょう?」
「いいえ、そんなことないですよーははは・・・。
(なんだろうおじさん・・なんか有無を言わせないような笑顔を見た気がするけど気のせいかな)」
「―――で、杏ちゃん。いつうちにお嫁にきてくれるの?(にっこり)」
「・・・・・・・」



キューイバ、二十歳設定。 付き合っていてもいなくてもどっちでも。
ちゃんと見てるんだぞっとキュー父母が爆弾を落とす的な話。
しかも「またあとで」って。確実に結婚へと追い詰めようとしています(笑)

これは過去拍手だったのかどうなのか覚えていなく、とりあえず普通にアップしました。




09.4.17.aoi