今日も、なんでもない一日だと思っていた。

ただ、いつもよりずっと多くの女の子からお菓子やプレゼントをもらうというだけで。



「あー・・疲れたー・・・・ん?桃子ー?」
「あ、キューちゃん!配達の帰り?」

もう夕暮れにさしかかった商店街に、配達を終えて帰ってくると、我が家の前の道を桃子が歩いていた。
道で遭遇することなどめったにないため、珍しいと思って自転車とともに足を止める。 すると横にちょこん、と桃子がやってきて、えへへ、と笑う。本当に愛らしい少女だと思う。
まるで自分の妹を相手にしているかのように、キューは頬をゆるめて笑った。

「おーよ。4軒ぐらい行ってもー死にそう」
「あははっ、商売繁盛してるのはいいことだよー」
「まあなー。そっちもぼちぼちやってるか?」
「うーん、まあまあ、かなあ? お米ってすぐにはなくならないし、他のものわざわざ買いに来ることもあまりないし、ね」
「・・・そっか。まあ気にすんなよ、おまえんちは皆愛嬌があって好かれてるから客には困らねえって。 ・・・それに強い強いイバちゃんがいるんだ、一生安泰だろ」
「・・そう?」
「そ。更におまえの母ちゃんも見守ってくれてるとなればもう怖いもんなしじゃんか」
「ふふっ。キューちゃんが言うとそんな気がするから不思議ね! ありがと。はい、これ、お礼にあげる」
「おうサンキュ、・・ってなんだこれ?」

少女から満面の笑みで渡されたのは、シックなラッピングがなされた小さな四角い箱で、 こげ茶色の紙によく映える赤いリボンが巻かれていた。

「今日がなんの日か知ってるでしょ、キューちゃんなら絶対たくさんもらってきてるはずだもんね」
「ああ、チョコ、か。桃子がこんな大人っぽいのをくれるなんて驚きだな」
「ううん、キューちゃん、それ私が作ったんじゃないよ」

・・誰からのかよーく考えて食べてね!

にんまり、という形容するのが正しいと思うような妖しい笑みを浮かべた桃子は、くるっと回転して走り去っていってしまった。

「は、?・・おい、桃子?じゃーねってお前どこ行くんだよ!? 謎だけ残してスキップしてんなよ、おぉーーーい!!・・・・無視かよ!!?」

見事にひとり取り残されたキューは大きなため息をつく。
自転車のサドルにまたがり、前後にゆらゆらと揺らしながら箱を眺めた。


はあ・・あの年ごろの女の子はみんなああなのかね?うーん判んねえなあ・・。
はっ、こんな気持ちになるなんてもしかして俺老けた?うそ、まだピッチピチの16歳なのに・・・・! わー・・。
しかし・・・・桃子のやつ、一体誰のを持ってきたんだ? 俺がもらっちゃっていいのかねー。

でもこれ、シンプルで綺麗だな。品がいいっつーか。 よし、開けてみちゃえっと・・おーこりゃ丁寧に包まれてるわ。
・・・おおおおー・・・・・・!!

中から街中の商品並みに箱に並んだ小さなガナッシュを見て思わず感嘆のため息をもらした。
つい先ほどまで感じていたためらいは、もはやお空の彼方へふっとび、 迷わず今までの中で一番上等そうな贈り物へ手を伸ばす。


どれ、ひとついただき・・・・んー!うんまい!!! なにこれすんげえうまい!これ確かガナッシュってやつだよな? へえーこんな味なんだ。甘くてほんの少しビターで。
でもなんだろうなあ、幸せな味だ。食べると思わずほころんでしまう。 愛情がたっぷり入っている錯覚すら起こさせるのだから、すごいとしかいいようがない。
いいなあ、こんなの本命でもらえたら最高に嬉しいよなあ・・。


しみじみと口内に広がるチョコレートの味を噛みしめていると、ふいに後ろから声がかかった。

「キュー?おうちの前で何してるの?帰ってたんだ」
「あ、イバちゃん。さっきまで配達行ってた。イバちゃんは今帰りか?」
「うん。といっても一番星からのね。・・そっか、それでキューはいなかったんだ。

・・ん?・・!え、それ、・・っ!?」

「ん?これ?いやーこれさっき桃子がくれてよ。 でもあいつワケ判んないことばっかり言っててさ。 桃子じゃない誰かが作ったものだからよく考えてねとかなんとか」
「も、桃子が・・?」
「ああ。誰からのなんだろうなー。 まあ誘惑に負けてひとつ食べちゃったんだけどさ。そうそう、すんげえーうまいのこれが! イバちゃんも食べてみねえ?」
「いや私はいいよ。・・美味しかったんだ?」
「おう最高にうまいぜ!これ、きっと大事に作ったんだろうなーってのが伝わってくるんだ。 好きなひとに作ったのかなって思うくらいにさ。 今さらだけどそんなチョコを俺がもらっちゃって本当にいいのかっていう・・」
「・・いいんだよ」
「え?」
「なんでもない。じゃ、私夕飯の支度があるから! あんたもさっさと戻んなよ」
「え、イバちゃん?そーいや、イバちゃんはチョコくれねーの?」
「・・・・もうあげたってば」
「なに?さっきから背中向けて何言ってるんだよー?」
「・・だから!」
「あ、こっち向いた」
「・・・・私はその味なんてとっくに知ってるってこと!」
「・・え?」
「じゃあまたねっ!」
「おー・・」


なんで知ってるんだろう。
・・そーいえばこれ桃子からもらったんだよな・・。


よく考えたら桃子が勝手に持ち出せるものなど限られているのだ。まだたった十二歳の女の子なのだから。 友達のであれば、素直に言うはずだ。
どこか怒っているような意地を張っているような顔をしていた杏子が頭に浮かぶ。 心なしかほんのりと杏子の頬は赤くなっていた、ような。
気づいた瞬間、そのまま思考がストップした。






”まるで好きなひとに作ったような・・・”






「あ?キュー! おまえ何、家の前で固まってんだよ」
「クロ。マモル・・・」
「・・これチョコ?」
「え?ああ」
「ふーん・・。キュー、告白でもされたの?」
「えっ!?え、いや、されてない、と思うけど」
「じゃあおまえなんで顔赤いんだよ」
「・・・・・・・」



まさか、な。



ああ、なんて予想外の出来事。
今日も、なんでもないただの一日だと思っていた。
けれど頬は赤く染まって、今日という日は鮮やかに彩られていく。



心臓が、どきどきうるさい。







2 . 1 4 チ ョ コ レ ー ト 事 件



(とくべつな一日に、変わってゆく)










「ちょっと桃子、なにしてくれちゃってんのあんたはー!?」
「だって杏ちゃんてば、せっかく綺麗に作れたのに持っていこうとしないから」
「な、」
「・・クロちゃんたちに作ったのと違うものだから?」
「!」
「キューちゃんが食べてみたいって言ったのを覚えてて作ってみたものの、 渡すのが恥ずかしくなっちゃった。でしょ?」
「・・・・・・・(だめだ、もうこの子には勝てない気がする)」
「杏ちゃん?」
「・・・。まあ、ありがと、ね」
「・・うん!」



* BIRDMAN

08.2.21.aoi

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今さらながらバレンタインSS。
ほんとーに今さら、だよね・・・・・・。
というかね、杏ちゃん。私は思う。
みんなの分もガナッシュにすりゃ良かったんだと思うよ。
(まったくこの無意識キュー贔屓さんめ・・!(妄想スイッチオン))