ゆびきりをしよう、とタキは言う。
それはあまりにも突然で、夏目は首を小さく傾げるしか反応できなかった。



「ゆびきり…?どうしてまたそんな」
「約束、したいの。…だめかな?」
「タキ…」

夏目は思わず笑ってしまった。
タキといると、よくこういうことがある。 彼女はたまにすこし子どもっぽくって、素直に純粋な気持ちを表す。夏目には真似できない、彼女の良さだ。
案の定、タキは頬をふくらまして抗議する。その仕草がまた愛らしい。

「なんで笑うのよ、夏目くん」
「いや、別に馬鹿にしたわけじゃないさ。可愛いなって思っただけで」
「……夏目くんって、なんでそんな、さらっと言えるのかしら…」

心臓に悪い言葉を自然に言えちゃうんだからタチが悪いわ、とタキはぶつぶつと呟く。夏目はさっぱり意味がわからない。 可愛いと思ったからそのまま言っただけなのに、と思う。そういう思考ゆえに、天然タラシ疑惑をかけられていることに、微塵も気づいていない。
夏目が再び首を傾げていると、復活したタキがパッとまっすぐ夏目の瞳を射る。
言いたいことはその一瞬だけでわかった。タキが口を開くよりも早く、夏目が言葉を紡ぐ。

「いいよ、ゆびきり、しようか」
「…いいの?」

いいもなにも、したいと言ったのはタキだ。
けれどタキは嬉しそうな顔をしながらも、なお承諾を乞う。 そうやって、彼女は無理強いはしない。いつも他人の気持ちを大切にしてくれる。 だから、彼女といて気持ちが良いんだろうと夏目は目を細めた。
答える代わりに小指を差し出す。するとタキも同じようにして、そっとやさしく、ふたりの指を絡ませた。

…なんだかくすぐったい。

それが、夏目の一番最初の感想だった。
小指が繋がった、ただそれだけで胸や身体中がむずむずして、なぜか照れ臭い。 男にはない、細くて白いしなやかな指が触れているからなんだろうか。
わけもなく緊張した夏目が、ぎこちなくタキの様子を窺う。
タキは驚くほど真剣な顔で、繋がれた指をじっと見ていた。大切なものを見守るように、息をひそめて、そっと見つめている。
――もしかしたら彼女も同じような気持ちなのかもしれない。そう思った夏目の口元が、小さく笑みをもらした。

「…タキが」
「え!?」
「いや…タキが初めてなんだ。ゆびきりなんて、したことなかったから」
「そうなの…?」
「うん」
「…そっか」

なら嬉しい、とタキは花のように笑った。 その笑顔を目の当たりにした瞬間、触れている小指がやたら熱く感じられた。

「じゃあ……ゆびきりげんまん、」
「嘘ついたら針千本のーます、」
「…ゆび、きった」


(あ、…)


離れてしまった。一気に身体が冷えたようで、なんだか寂しい。
おかしい、と夏目は思う。もっと…、なんて。なにを考えているんだろうか。いま、自分はなにを望んだ?

「なんか…」
「え?」
「あ、ごめんなさい、独り言が出ちゃったわ」
「いや…どうした?」

続けて、と言えば、タキは微妙な表情になった。困ったような恥ずかしそうな、そんな顔だ。 夏目の視線から逃れるように目をそらして、躊躇いがちに告げる。

「あの…なんか、よくわからないけどね?その…夏目くんに触れてないのが、なんだか寂しくなって…」
「…!」
「でもごめん、変だよね、これが普通なのにね!忘れて――」

夏目は反射的に手を出していた。地に向かって下げられていたもう片方の彼女の手を掴む。
突然のことに慌てるタキの手を、ぎゅっと、包むようにして握ると、さっきまで感じていた体温が蘇ったような感覚だった。 ぽう、と胸に灯りがともる。無くしたものをこの手に取り戻したような不思議な安心感に、思わず息がもれた。

「…ほっとするな」
「え…」

タキが夏目の顔を見る。
驚いているのは、なぜなのか。…すこしだけ目が潤んでいるのは、なぜ、なのか。
戸惑う夏目が問うと、タキの手が夏目のそれを強く握る。まるで、離さないとすがりつくように。
俯きがちにタキは、小さな声で答えた。

「同じこと、考えてたから」
「…タキも、そう思ったの?」

こくん、と頷くタキの耳は、ほんのり赤い。
――嬉しかったの。同じこと、思ってて。
ふいに呟かれたその一言に、夏目の顔や胸が急に熱くなる。 顔から火が出てるんじゃないだろうか…そう思うくらい恥ずかしくなって、あ、ああ、と曖昧な相槌しか打てない。 口を手で覆い隠して、タキから目をそらした。
この感覚はいったいなんなんだろう。


しばらく照れ合っていたふたりは、やがて恐る恐る顔を見合わせて…ぷっと同時に吹き出した。
なんだろうな、これ。
なんなんだろうね、私達。
くすくす笑うタキに、自分が生きてく日々の中の和らぎは、彼女が作り出すところも大きいのだと改めて思い知る。 手のひらで感じるタキの手の小ささ、柔らかさ、温かさに、夏目は心から微笑んだ。






それぞれの家への別れ道に着くまで、繋がった手と手は離れることはなかった。
ゆびきりから始まった触れ合いは、いつしかふたりの間で、ほのかに大きな意味を持ってゆく、という。
ただ、それだけのお話なのだけれど。












素 足 の ま ま の 恋



(また…つないでも、いいかな)(…うん、いいよ)









09.11.12.aoi

t. luna.

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ここでは言ってませんが、タキがお願いしたのは「夏目くんとずっと一緒にいられますように」。
後日夏目が聞いて、馬鹿だなあ、俺はもうどこにもいかないのに。って笑って言ってくれたらいいなあと思います。 それにタキちゃんは本当に嬉しそうに笑うと思う。そんなタキちゃんに夏目もかわいいなあって思う、そんなほのぼのカプで。