俺は常に傍観者である。 そして、暴走する西村と友達初心者な夏目の保護者的存在でもあり、 時にはツッコんだりもする。
だから、俺は気づいたのだと思う。あまりに小さすぎて見えない、ほのかなサインに。






昼になり、教室に戻る途中の廊下で、西村が突然声を上げた。

「あっ多軌さんだ!」
「え…?ああ…本当だ。タキも移動教室だったんだな」
「あー行っちゃった。…多軌さんってほんと可愛いよなー。な、夏目もそう思うだろ?」
「西村、おまえなあ…」

西村は無邪気なところが良いのだけれど、たまに強引なのが頂けない。 夏目は困ってしまうだろう。 人に主観を押し付けてどうするんだと、俺はため息まじりにたしなめようとした。
すると、意外にも夏目はすんなりと口を開いた。
もう遠い多軌の後ろ姿を見つめながら、夏目は、

「ああ、そうだな……」



目を、見張った。



「………」
「…北本?…顔、赤くないか?」
「ほんとだ!大丈夫か、熱あるのか!?」
「いや…大丈夫だ、風邪とかじゃない…」

ふたりとも人で溢れる廊下で、さらっと言いやがって恥ずかしい、とか思ったけれど。
だけど、それよりも。
滲み出るニュアンスの違いに、 夏目の表情に――俺は今すぐそこら中を叫びながら走りたい衝動に駆られている。



…夏目は、ものすごく優しい目をして、微笑んでいた。



(そんな顔して多軌を見るなんて、思わないだろ…)

俺は片手で嫌に熱い顔を覆いつつ、こっそり夏目を見るけれど、もう先ほどの表情はそこにはない。
夏目の心情などわからないけれど、決して西村に合わせたわけではないと思った。
――たぶん、夏目は本気でそう思ってるんだ。

(それもそう考えるとものすごく恥ずかしいんだが…)


「あー今日も多軌さんが見られて幸せだ!」
「西村は本当にタキがお気に入りなんだな…」
「おうよ。次の文化祭でメイド服とか着てくれないかなあ、めちゃめちゃ可愛いと思う! 男装はやっぱり見ててせつないしさ」
「え?タキはタキだろう。どんな格好してたって、タキはかわいいじゃないか」
「へ?」
「ん?」

(――ああ、なるほど)

その会話に、ぶっ、とついに俺は噴き出してしまった。あははは、と笑いが止まらない。 ふたりがきょとんとして、こちらを見ている。

「なんだよー北本」
「なにがおかしいんだ?」
「ははっ…ああ悪い悪い。…なあ二人とも、多軌のどこが可愛いと思う?」
「え、おまえ多軌さん可愛いって思わねえの!?やだ、まさか男専門…っ」
「二度と宿題見せてやらないぞ」
「あっごめんなさいごめんなさい、冗談だってばあ!」
「まったく…。で?」
「えー?見たまんまじゃんか。少なくとも同級の中ではダントツだよ。 くりっとしつつ優しげな瞳、すらっとした小鼻、形の良い唇、そして笑うとなんて愛らしい…!」
「おまえ心底気持ち悪い」
「なんで!?」
「…じゃあ、夏目は?」
「ちょっと、北本!?」

騒ぐ西村を尻目に、俺は夏目に問いかける。俺の勘が正しければ、夏目は。
夏目はちょっと照れながら、考えるようにして話す。

「あー…うん…なんて言ったらいいかな…」
「うん。なんだ?」
「……時々子どもっぽいところとか。お菓子作りするし、そういう女の子らしいところとか…。 たまに無鉄砲だったり、不器用だったり…」
「うん」
「…あと、笑ったところ、かな」
「…うん」
「え!?外見の話じゃないの?」
「え?そうなのか?」
「………」

――やっぱり、そういうことか。
俺は、にっこり笑った。思わずにやけそうになったのはご愛嬌。
…そうなんだ。夏目はタキをひとりの女の子として、ちゃんと見てるんだ。 西村のように、外見なんかじゃなくて。
きっと夏目は、西村や俺なんかより、ずっとずっと多軌を知っている。 ひとつひとつ小さな、多軌透を作るかけらを、それらすべていとしいと思えるほどに、 ちゃんと見つめている。 あの、タキを見ていた優しい瞳で。 そしてその瞳は、本人もまだ知らない、熱を秘めていた。
つまりはきっと、そういうことで。

「北本、ひとり笑うなよ。なあ、さっきからどうも夏目と噛み合わないんだけど…」
「ははっ、それはさ、夏目の言う『かわいい』は西村とは違う意味だからだよな」
「え…うん…?」
「やっぱり自覚なしか」
「え、なに?どういうことだよ北本ー」
「なんでもねーよ。とりあえず西村は多軌をもっとよく知ることからだな」
「??さっきから全然わかんないぞ…」
「まあまあ。ほら、早く行こう、食いっぱぐれる」
「あ、そうだ、いけない!走るぞ夏目、」
「ああ、」

パタパタパタ…
ふたりが教室へと走り出す。
追いかけようとして、ふと後ろを振り返った。
続く廊下にはもう誰もいなく…ただ。 窓から射す光とそこに残る空気は、甘くやさしい名残がした。 それはまるで多軌の笑顔のようにあたたかく、彼が愛する彼女そのもののような気がした。 夏目がひそかに追い求め、慕うもの。



あの瞳の色は、いまだ眠る、彼女への愛のサインなのだ。












あ い の し る し



(ふたりとも、いつ気づくんだろうなあ)









09.11.24.aoi


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夏目の「かわいい」は、ただうわべを可愛いっていうんじゃなくって、 タキそのものへの愛を示してるっていう…ことが言いたかったっていう…(撃沈)
私の力ではここが限界です。伝わってくれると嬉しい…です…


北本はお婿さんにしたい人ナンバーワンです(いらん情報)