「Trick or treat?」


その声に髪を揺らして振り返った多軌は、一瞬、目を見張った。
もしもその言葉を口にしたのが西村なら驚かないだろう。
けれど、彼はとっくにお昼休みにそう聞いてきた後だったし、問題はあまりそういったことをしそうにない人物だということだ。
目の前にいる彼は、茶目っ気がわずかに含まれた、これまた珍しい笑みを口元に浮かべているから、多軌は思わず心配になった。

「夏目くん…なにかあったの?」

見目よい夏目のことだから、誰かにお菓子を集めてこいと言われたのか。 それともお人好しゆえにこんな行事に乗っかる羽目になったのか、 はたまた妖がらみで何かあったのかと頭の中でぐるぐると忙しく考える。
そんな多軌に、夏目はおかしそうに笑った。

「多軌、心配しなくても大丈夫だよ。こういうのも楽しいと西村に教えられたからやってみたんだ」
「なんだ、そうなの……あれ?夏目くん、もしかしてハロウィンやったことないのね?」

首を傾げて聞くと、夏目はこくんと頷いた。
静かにたたえられた微笑みが、彼の過去を雄弁に物語る。
廊下の窓から射し込む日の光が夏目を淡く照らし、多軌は目を細めた。

(消えて、しまいそう)

――たくさんの孤独を背負っているひと。きっと多軌よりもずっと数えきれないほどの悲しみを、この瞳は知っている。
だから、と思う。ありふれた喜びを、たくさんあげたい。 彼がしあわせに笑っている顔が見たくて見たくて、多軌は日々夏目に構いたくなる。

(笑顔って伝染するんだから)

そう思うから、今日もとびきり明るい笑みを見せた ―― まるで蕾が開いた花のようだと夏目がこっそり見惚れたことなど、露知らず―― それに引き寄せられるように、また夏目も顔をほころばせたから、多軌は嬉しくなった。

(夏目くんが笑うと私もすごくうれしいもの)

たくさんの喜びをあげたい、たくさんの笑顔をあげたい。
弾むような声で両手を身体の前に出すよう促した。

「夏目くん、はいどうぞ!」

かくして――夏目の手のひらには、多すぎるほどの飴が乗せられた。
まん丸のパステルカラーの包み紙で埋まった手のひらに、夏目は目を丸くした。

「え…こんなに?」
「ええ!夏目くんは特別よ」

ハッピーハロウィン、と囁くように告げる声は鈴を鳴らすように軽やかに夏目の心に響いた。
さりげなく告げられた『特別』という言葉にも、夏目の心臓は締めつけられる。 嬉しさと照れ臭さと甘酸っぱさと――たくさんの愛情に。

「…ありがとう」

照れたように笑った少年のその表情は、多軌が心底望んでいたものだった。








「いたずら、するつもりだったんだけどな…」
「え?」









キ ラ キ ラ 星 を あ げ よ う



(特別な日じゃなくても)(いつでも)











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ハロウィン小話でした。


2010.10.31.aoi