無謀な振舞いをして痛い目に合いそうになるのは、これで何度めだろうと深行は考えた。
何もできない情けない自分に嫌気が差すのもまた、しかり。
どんよりとした曇り空は、まさに今の自分を表していて、自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。
だが、それも一瞬のこと。力なくそばの生け垣に腰掛けて、深行は何分も前から長いことそうしてうなだれていた。
ジャリ、と音がして、華奢な足元が目に映る。泉水子が歩み寄ってきたのだと、顔を見なくても判った。

「深行くん」
「…なんだ」
「…気にすることないと思う。頑張ったんだから」
「っ、頑張ったって、あいつに庇われちゃどうしようもないだろ!」

つい飛ばした怒号に泉水子がびく、と身体を震わせたのがわかった。
その小動物めいた動きに、深行きの苛立ちは募る。

「…俺に構うな」
「でも」
「いいから行けよ」

投げやりに言葉を言い捨てても、それでも泉水子は去らない。むしろ、じり、と更に近くに来るのだった。
そして、泉水子の柔らかな声が、静かに降ってきた。


「…でも、守ろうとしてくれたでしょう?」
「!」

「私は相楽さんに助けてもらったことより、深行くんが守ろうとしてくれた方が何倍も嬉しい」
「――うそを言うな。励ましなんかいらない」
「本当だよ、深行くん」


こいつはなんで、こんなに心に染み込ませるような声をしているんだろう。
地面を見つめながら、深行は思った。
疲れた心にそれは心地よく、鬱陶しいと思っていた数秒前が一気に遠い過去のようだった。
あのね、と泉水子は言う。

「あの時、深行くんの背中に守られてるって思ったら…場違いなほど嬉しかった。 …ごめんね、深行くん。大変な時に、私、そんなこと思って深行くんを見ていた」
「―――」

ああ――ふがいない自分にも与えられるものはあったのか。
瞳をきつく閉じて、目尻から滲むものを必死に押し込める。
折れかけたプライドも悔しさも、泉水子の真綿のような存在感が、深行ごと包み込んだ。
そのことに気付いた瞬間、深行の胸に広がるのは、決して嫌な感覚ではなく、むしろ、くるおしく燃え上がる激しさだった。 すがりついてしまいたい、ともしびのような温かさ。それはまるで激流のように、深行の胸を詰まらせる。
何を伝えたいかもよくわからなくて、鼻の奥がツンとして声にならないその代わりに、震える手で、そっと。
――こんな自分ではだめだと、嫌というほど解っていた。 いつしか強くなりたいと思うのは、父への報復心だけでなく、彼女の前で晒されてしまう弱い自分が悔しかったからでもあった。

(悪い、こんな俺で)(何も出来ない自分でごめん)

決して本人には言えない想いを込めて、伸ばした手。
その手が伝える必死な温もりに、少しの逡巡の後、小さな手が同じ強さで応えた。

「…深行くん」

(わたしは、大丈夫だから)

口にしたわけじゃない。だけど、そんな声が聴こえた気がした。泉水子の微笑みによく似た、あの優しい声で。
こんなにも安心して、泣きたくなるような衝動は初めてだった。
そして、自分とは比べ物にならないくらい繊細で小さな手を、どこまでも包んでいたかった。

(この手なら、掴んでいられる)

非力でも守ってやれる気がして、それは勘違いという言葉で片付けられるものでも、ひどく支えになる。
深行は俯き、片手で顔を隠すことで、あふれだす様々な感情を噛み締めていた。こぼさないように、ひたすら飲み込んで。
そんな深行に、泉水子は、手と手で温もりを確かめ合ったまま、そっと、優しくそばに佇んでいた。


解っているよ、というように。
いつまでも。













ありがとう、の代わりに



(言葉にならなかったから)










2010.06.20.aoi