ふと不安になった。
もし明日、突然深行がいなくなったらどうしよう。
もし、泉水子に背を向けて二度と振り返らなかったら、話してくれなくなったら。

いくつもの「もしも」を繰り返してしまうのは、明かりの少ない道を歩いているからで、前を歩く深行がずっと振り返らないからだった。
ふたりでいても、ひとりでいるような感覚に陥らせる暗闇に泉水子は、ぞっとする。
もし深行を見失ったら、もう永遠に誰にも出会えないような気がして、思わず声に出していた。

「深行くん」

ほとんど叫ぶようなそれに、深行はびっくりした顔で、やっとこっちを見た。
立ち止まってくれていることに、泉水子はほっとする。

「なんだ?」
「…あの、ね」

ひとつだけ、どうしても聞きたいことがある。
呆れられても嫌な顔をされたとしても、それでも、どうしても答えが欲しかった――深行が、望んでここにいてくれるのかどうか。
絶対に近い確かな言葉が欲しいわけじゃない。ただ、少しだけでも、まだそばにいてくれるのか知りたいのだ。

「深行くんは、どこにも行かないよね?」

おとずれた静寂と何も読みとれない深行の表情――それがたまらなく怖くて、泉水子は深行に近づく。
足が地面を踏む音が小さく聴こえるだけで恐怖が和らぐ自分は、どれだけ沈黙を恐れているのだろうと思う。
けれど近くに寄って、わかった。深行は明らかに戸惑っていた。

「なんだ…いきなり」
「…ごめんなさい。でも…深行くんは、ここに、いるよね?」

わたしの、となりに。
最後まで言うことは叶わなかった。おこがましい気がしたから。
いまではもう見慣れてしまった無の表情で、ジッと泉水子を見つめたあと、深行は小さな息を吐く。

「…ああ。たぶんな」

はっきりとは言い切らないそれに、深行の妙な誠実さが表れていた。
優しさとは少し違う。それでも意地悪から出た言葉なんかじゃない。 ただ、自らを偽ろうとはしていないだけなのだと泉水子は気付いた。
二面性のある深行だからこそ、飾らず伝えてくれるのは嬉しかった。

(普段なら、こんな一言になんの意味もないのに)

いま、この瞬間では、どれほど重みのあるやさしい言葉になっていることか。
裏表のない、深行なりのまっすぐな言葉に、胸に込み上げるものがある。せつないほどあたたかい、なにか。
深行がNOと言わないだけで、泉水子は何よりも安心できた。
しばらく黙っていた深行が、ふと長い溜め息をつく。 なんだろうと顔を上げると、深行はまた前を向いて歩き始めていた。

「え、ま、待って、深行くん」
「さっさとこいよ」

慌ててついていく。やっぱり呆れられてしまったんだ、と泉水子は落ち込んだ。
けれど、あの一言をくれただけでも十分なのだと瞬時に思い直す。
すこし微笑んで深行の元へ駆けていけば、彼はいつの間にかまた立ち止まって見ていた。
泉水子をしばし観察するようにしたあと、顔を反らして、そして前に向かう身体と反比例するようにして――


(…ああ)


深行はそうやって、さりげなくやさしさをくれるのだ。
普段はツンとして、とりつくしまもない男の子。でも、思いがけないところでふっとナイトになり、泉水子の心を輝かせる。
だからそばにいてほしいと思ってしまうのだと、気付いた。

「…深行くんは、やさしいね」
「…気のせいだろ」
「ううん。…やさしいよ」
「――いいから、行くぞ」

深行は素っ気なく返して、泉水子を見ないまま、握る泉水子の手を強く引く。
それでも、一瞬でも泉水子が傷つくことはなかった。
もう暗闇も、ちっとも怖くなかった。



繋いだ深行の大きな手の温かさが、泉水子の心に灯りをともしてくれたから。













わ た し だ け の ミ チ シ ル ベ



(ずっとこのままでいたい)











2010.07.19.aoi