なんでこいつがここにいるんだ。

目を覚ました深行は、横を見て見事にビシ、と固まった。
隣には、幸せそうに寝息をたてる泉水子がいた。







まだ外は薄暗い。人が起きて活動するには早い時間だった。
深行は、ドッドッと大きく鳴る心臓をなんとか宥めようと息を吐いた。 ひとり動揺しまくっている自分が、なんだか滑稽だと思った。 そのくせ、視線は泉水子から離せない。 本当はそんなことをしていないで、さっさと起きればいいのだけれど、 どうやら人は範疇外の出来事に遭遇すると思うように動けない生き物らしい。

(本当になんでいるんだ…?)

深行は首をひねった。横に寝ているから、心持ちではあるけれど。
はて、昨夜の記憶には泉水子が来た経緯など一切ない。深行はいくら顔をしかめようと出てこない答えに弱り果てた。

そして、ぴたりと、思考が止まった。


――異性と、いまだかつてない、近距離にいるこの状況に。



泉水子の顔はもう目の前にある。まるで深行の懐に入るように――眠る泉水子に、めまいがした。
こいつ、自分が何してるのかわかってるのか。
たとえばその気になればキスだって腕に抱くことだって出来るほど、彼女は無防備に深行に寄り添う。 その様子をなんとも思わない方がおかしい。
改めて、自分は男で、泉水子は女なのだと思った。ふたりは、ちゃんと違う。 泉水子から匂いたつ香りは、深行をくらくらさせた。首筋にくちびるを寄せて、その柔らかそうな肌を食みたくなる。 たとえそこに特別な感情がなくても。
だが、深行が動揺する一方で、当の泉水子はいまだにすやすやと眠っている。 その様に、深行は思わず舌打ちしたくなった。
泉水子はまったく「男」というもの、「女」というものを意識していないから、こんなこともできてしまう。 ここに至る経緯がどうであれ、普通は警戒するはずだ。 完全に信用されてるのか、男として見られてないのか…どちらにしろ、微妙な気持ちには違いない。 深行は苦虫を噛むような表情を浮かべた。
そして、ひっそりと溜め息をひとつ。

…妙に疲れる朝だ。なぜ自分は朝からこんなに考えているのだろう。

だけど、彼女は否応なしに深行をそうさせるのだ。
無防備で危なっかしい。最近の泉水子の印象はもっぱらそれで、こっちはやきもきさせられるばかりだ。
けれども、泉水子はそうは思わないから、深行は怒ってばかりだ、などと勝手なことを言う。 深行に言わせれば、絶え間なく心配させる泉水子のせいだった。
ふらふらとして、高柳や真夏、穂高など様々な男に引っ掛かるのも、また大いに気に入らない。

でも。
それでも、計りかねている。自分の気持ちを。 十分には育っていない――泉水子をどこまでも守り抜く覚悟が。
だから、まだ「パートナー」という言葉を正しくは使えない。 そのことに「ごめん」と謝るのも違う気がする。どこまでも、中途半端で曖昧だ。

「………」

そっと、重たい指を持ち上げて、泉水子の頬を撫でた。
その瞬間、指に駆け抜ける触り心地の良さに、ゾク、とする。


――いつまでも触れていたいと思うこの衝動はなんだろう。


いつか、答えが出るのだろうか。
わからないまま、ただ離れられないでいる自分の手を、その先の泉水子を、じっと見つめていた。
再び、とろりとした眠気が、深行の瞼を閉じさせるまで。



(もっと ふれたら)

(…どうなる?)











少年は一つの夢を見る










t. gleam





2011.07.30.aoi