どこからか、光が入ってきて、まぶしかった。
開け放されたあの窓だろうか、と、ゆるく開けた瞳で、ぼんやりと考える。
その時、ふたりの男の声がして、泉水子は『ん?』と眉をしかめた。
おかしい。ここはどこ?

「――で…?深行くん。どういうことなんだ」
「どういうことも何も、俺にもわからないんですよ、今朝起きて死ぬほどびっくりしたんですから!」
「………」
「野々村さん、その目はなんですか!? 雪政と違って俺は誠実です!!」


(!?)


泉水子はガバッと飛び起きた。
だが、正座をして向き合い、尋問を繰り広げるふたりは気づいていない。

「…君たちは付き合っているのか」
「いません!」
「……」
「……」
「……」
「逆に不審な目をするのやめてくれませんか…」

これは、なんだ。何が起こってるのか。
泉水子はあたりを見回し、しばらく昨夜の記憶を辿った。
いつもと違う布団…。そして、ここにはなぜか深行と野々村がいる。
…。

――目が覚めた。


「えっ!?」

泉水子の声に、ふたりがこっちを見る。
起きましたか、という野々村の声は右から左へと抜け、もはやパニック状態だった。 あわわ、何てことしてしまったのだと、手をおいている布団を見て、顔が熱くなる。
まさか、よもやそんなことが起きようとは。

――深行と、夜をともにしてしまった。

しかし、顔の赤みはすぐに青へと変わる。
事の顛末をきっと彼は覚えていないに違いない。 なにしろ、あんなに寝ぼけていたのだから、深行の方が錯乱状態だろう。 ヒステリックに、理由を追及されそうな気がした。
出会った頃の一段と尖った深行を思い出し、泉水子は思わず身構えた。
だが、そっと見た深行は、予想とだいぶ違っていた。怒られることはなかった。
ただ、彼は泉水子を見て大きく開いていた目を、やがて、ふいとそらしたのだった。

「!!」

思いもよらないその反応に、まさか自分はなにかしてしまったのかといっそう青ざめる。
野々村が小さく息をついて、こちらに数歩寄ってきた。 するとなぜか背筋をピンと伸ばされ、パジャマの襟やら何やらてきぱきと正される。 髪まで直されて、ぽかんとして野々村を見つめた。
その視線を受けて、彼は、ちろりと深行の方を振り返る。

「…なにもしてないだろうね?」
「してませんって…!!」
「本当に? じゃあ案外、君はこれだけで赤くなるほど純情だということかな」
「…野々村さん、言いたい放題ですね…」

目をそらしているその顔は、すでに耳から赤く染まっている。 眉間に皺をよせてどこか怒ったようなその様子に、野々村は同じ男として心当たりがあった――あれは、一種の照れ隠しだ。 どういった意味での照れかは本人しかわからないと、追及を諦めた。
そして、また泉水子に目線を戻して、軽く咳払いをした。

「…こういう乱れがあるから、迂闊に男性と布団をひとつにしてはいけませんよ」

なにかあっては遅いでしょう、と説くその声はやさしく、大きな掌は泉水子の頭をゆっくりと撫でる。
撫でられた泉水子はその言葉の意味がわからず、とりあえず野々村の行動の理由を考えることにした。
――数秒考えて、爆発しそうになった。

「ご、ごめんなさい…」
「うん」

どうやら起き抜けの自分は、はしたない格好だったらしい。
道理で深行が顔をそらすはずだ。 頭は恥ずかしさでいっぱい、もはや湯沸し器のようだ。 深行がなかなか目を合わせてくれないことがまた、昨夜を思い起こさせるようで、いっそう恥ずかしさを募らせた。
今思えば、普段より大胆なことをやってのけたような気がする。

「泉水子さんはとりあえず母屋に帰りなさい。こっそりですよ」
「は、はい」
「今日、深行くんと私は山に行って修行してきますから。おそらく夜まで帰らないでしょう」
「?はい」

うっ、と小さく呟いたのが聞こえた。言わずもがな、深行だ。
もしや過酷な修行なのかと一瞬不安に思うが、それよりもすぐに野々村のやさしい手つきに惚ける。 兄のように衣服を整え、仕上げとばかりに頭を撫でてくれたのが嬉しかった。
その様子に、深行の口からひっそりとした溜め息がこぼれる。

「野々村さんもかよ…」
「なにが?」
「いや、なんでもない」

そんなに苦い顔するなんて、よっぽどつらい修行なのか。泉水子は肩をすくめた。
野々村が、深行の方を振り返った。

「深行くん」
「っはい」
「顔を洗って支度を始めなさい。今日は特別メニューだよ」

しっかり、鍛えようか。
小さくではあるけれど確実に微笑んだ野々村に、深行の顔は軽く笑った形のまま、ひきつっていた。






ある真夜中の、不思議なできごと。
どこかくすぐったいその気持ちは解けないまま、今日も一日がはじまる。








芽吹く呼吸




t. にやり






「…今朝はあまりの驚きに死ぬかと思ったぞ…」
「…言っておくけれど、誘ったのは相楽くんだからね」
「!?」






2011.07.30.aoi