*「スターリーヘブン」の続き
きっと一夜明ければ、この夜はリボンにくるまれ、感じた温もりは魔法のように解ける。
嬉しかったけれど、深行が自分を見てくれることなど、どこか信じられない夢のようだと思えた。
だから。どうか繋いだ手がほどけないようにと、泉水子は泣きそうな気持ちで深行にすがった。
嫌われないように、控えめに、深行の胸にそっと頭を寄せて。
『誘惑してやろうか』
その一言が嬉しくて、だけど同時に怯えてもいた。
深行は多くの女性の目に魅力的な男性として映るから、余計に猜疑心が首をもたげてくる。
自分から仕掛けたくせに、いざとなるとこれだ。 まだまだ自分には自信が持てていないのだと、泉水子の心は沈み込む。
しかし、予想は軽く裏切られて、泉水子は驚くはめになった。
繋がれていた手が離れて、ずきりと小さく傷付いたと思ったら――
「…鈴原が誘惑してどうするんだよ」
引き寄せた深行の力強い腕が、泉水子の身体を抱いていた。
低い声が耳元で聞こえて、泉水子は叫びそうになる。心臓はもう破裂寸前だった。
(どうして、こんな…)
泉水子の戸惑う様子は深行にも伝わっていたらしく、小さくため息をつかれた。
この様子じゃ、深行の言葉を心のどこかで疑っていたことさえ、お見通しなのだろう。
「な、なに…」
「…言っとくけど、おれは鈴原に嘘はつかない」
「うそ」
思わず泉水子は異を唱えていた。
せっかくの雰囲気を台無しにしていることは解っていた。それでも、まっすぐぶつからずにはいられなかった。
――深行の、本当の心が知りたかったから。
その声に対して、深行は憮然とする。
「うそって、なんでだよ」
「だ、だって、愛想笑いをすることもあるし。今まで素直に思ったこと話してくれたことも、あんまりないじゃない。 秘密にしていたことだっていっぱいあったでしょう。和宮くんとか、SMFとか…」
「それは嘘とは関係ないだろ」
深行の呆れた顔に、泉水子はついに顔を上げた。
不安を感じたのは――深行が素直に言葉にしてきたから。 いつものぶっきらぼうで突き放す深行とは随分違うから、ふいに、要領が良いあの優等生の仮面を思い出して ――からかっているのかもしれないと思ってしまったのだ。
「だって、深行くんには色々はぐらかされてきたんだもの」
「やっぱり簡単には信じられないって………っ!」
けれど、最後まで言うことは出来なかった。
強い姿勢もあっという間に砕かれて、深行の思うままに身体は翻弄される。
柔らかくしなやかに、呼吸もなにもかも深行に奪われていく。
ぞくりとするくらい、泉水子をかき抱くその腕も身体も、熱かった。
長い時間が流れて、ようやく唇が離れた。
肩で息をついて言葉が出ない泉水子に、深行は涼しげに笑う。
「信じられないなら、これからいくらでも証明してやるよ」
そして、ふいに真剣な表情に変わって、泉水子の頬に手をやった。
手ざわりを確かめるように、やさしく頬の上をすべる指に、泉水子は声を漏らしそうになった。 あまりにもやさしすぎて、びくびくと身体が小さく震える。
そうして瞳をまっすぐに貫かれた。
いつにないその情熱的な眼差しに、いまだ触れているその指先に……泉水子は、やっと気がつく。
深行も、この瞬間を、ずっと待っていたのだと。
「――嫌なら言えよ」
再び引き寄せられて、泉水子は、今度は躊躇わず同じくらいの強さで抱きついた。
それがわかったのだろう、深行の身体がぴくりと動く。
――疑ってしまって、本当にごめんなさい。
小さく耳に呟くと、深行の身体から力が抜けた。
泉水子を包み込むように抱え直して、そっと、泉水子の髪に顔をすり寄せる。
途端に胸にあふれる愛しさに、涙が出そうになる。
この何気無いたった一言で安心するほどに、彼は想っていてくれていたのだと。
「…深行くん」
「なんだ」
ほら、いったん気付けば、返ってくる声にやさしさがにじんでいることだって。
きっと、もっともっと耳をすませば彼の色んなことがわかるだろう。そうすれば、もう疑うことなく彼を信じていけるのだと知った。
ありがとうの気持ちをこめて、泉水子はもう一度、深行の胸にゆっくりと頭を寄せた。
そして、泉水子は笑ってしまう。
深行の心臓が、より速くなったのがわかったからだ。
良かった。安心したのは深行も同じだったのだ。
彼が纏う雰囲気が、いつもよりずっとやわらかく温かい。それが何よりの証拠だった。
「…なんだよ」
「ううん…なんでもない」
もう大丈夫。魔法は解けないで、この夜はいつまでもふたりのそばにある。
リボンがかかった箱にしまわれることなく、明日も明後日もその先もずっと、ずっと、永遠に。
夜空にひとつ、一番輝く星が流れ落ちた。
いとしさで世界が傾ぎそうなほど
(すきだと気づいた夜でした)
(すきだと気づいた夜でした)
2010.10.16.aoi
t.エナメル
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「スターリーヘブン」の続きをリクエストして下さった方、ありがとうございました!
最後の一行は、ふたりのお互いの気持ちだといいなと思います。