彼女はとんでもない爆弾を残して風のように去った。
それを為す術もなく、ただ立ち尽くして見つめるは、一組の男女。
「久しぶり。泉水子、深行くん」
「お母さん」
声をかけられて振り返ると、そこには、泉水子とは似ても似つかない都会的な雰囲気を持った女性が立っていた。
まさか文化祭に来ると思わなかった泉水子は――だって戸隠に現れたおかげで行けないかもしれない、と紫子は言った―ー すっかり目を点にして言葉もない。
泉水子のその反応は予想済みだったのか、彼女は平然としてただ微笑んでいる。
その一方で、周りは突然現れた秀麗な女性にざわついていた。 紫子のスラリとしたプロポーションが生み出す美貌に、心なしか見惚れている者もいる。
だが、紫子は一切気にせず、泉水子と、いつのまにか泉水子に寄り添うように立っていた深行を嬉しそうに眺めた。
「これ、あげるからふたりで行っておいで」
「…?なあに、これ…」
「まあ、たいしたものじゃないけれどね。パートナーとしての絆を深めるにもいいだろうし」
「はあ……」
紫子に連れられた空き教室にて、ふたりはチケットのようなものを渡される。
どうやら遊園地のチケットのようだが、なぜいきなりそんなものを渡されたのかピンとこないふたりは、ぽかんとしていた。
胡乱気に手に持つ紙をひらひらと弄びながら見ていた深行は、ある事に気がつき、声を上げる。
「ちょ――紫子さん、これなんで俺たちに――カップル限定って書いてあるんですが」
深行の抗議に泉水子もハッとし、紫子を見つめる。
四つの瞳に注視された紫子は、さら、と片手で流れるように髪を払う。
ところが涼しげに告げられたのは、ふたりにとってあまりにも予想外の言葉だった。
「別にそう驚くことでもないよ」
「君たちは生まれた時からお互いが生涯のパートナーと決められた、いわば許嫁のようなものなんだからね」
時も空気も止まったような静けさが辺りに訪れる。
深行と泉水子は―――完全に、絶句、していた。
紫子はそんなふたりの様子に、爽やかに笑うだけだ。
――姫神の器とそれを守る者としてのパートナーという意味なのかどうか計りかねている深行に―― 瞳にどこかいとおしむような色をたたえて、何も言わずに紫子は肩を軽く叩いた。
「じゃあね。泉水子のこと、よろしく」
意味深にもとれる言葉は、なぜだか深行の心に波紋を落とすように響いて、深行は思わず振り返った。
けれど、紫子は颯爽とした後ろ姿をさらし、すでに教室を出てしまった後だった。
残ったのは、状況を把握できず、ただ戸惑いながら目を合わせるふたり。
(許嫁って)
(いいなずけって)
(それっていずれは結婚して……)
―――――ピピピピピピピピピピピピ
「…なんだ今の…」
意味がわからないと深行は首を緩く振る。カーテンを開ければ朝の光が眩しく突き刺さった。
早起きには慣れている深行はあくびもかまさず、身支度を進めていく。
ただいつもと違うのは―――鼻歌でもしそうな雰囲気でネクタイをしゅるん、と心地好く締める深行がいたこと。
その姿にルームメートは目を見張り、思わず声をかけた。
「機嫌が良い相楽なんて珍しいな。夢見が良かったのか?」
「なんだろう…今の…」
起きて最初にしたのは顔をしかめることだった。
けれどなぜだか嬉しくもあって、それは夢で紫子に会えたからなんだろう、と泉水子は自分を無理やり納得させる。
弾むようにベッドを降りて、真響に挨拶する。
すると真響は挨拶を返しながら、微笑ましい目を向けてきた。
「満面の笑みだね。いい夢でも見たの?」
「「…………まあ…いい、夢…だったかも」」
ぼそっと呟いて答えを返す一組の男女は、互いにそれぞれ頬を染めていたことを知らない。
ベッドサイドロマンス
(夢のなかでまで)(ドキドキするなんて)
(夢のなかでまで)(ドキドキするなんて)
t. tiptoe
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このあとふたりは登校中に鉢合わせして、どぎまぎするに一票。
2010.11.01.aoi