「久しぶりだね、泉水子」
「お母さん」
「…深行くんは?てっきり一緒に来るものだと思っていたけれど」
「さあ…」
「…?って、なんだ、いるじゃない。あそこに」
「ああ…うん…」

紫子は目を丸くした。若干、イラッとした炎を宿す瞳でちらりと深行を見る娘の姿に、何があったのだろうと考える。
泉水子は、そっとため息をついて紫子に向き直った。

「深行くん…お母さんに会えるの楽しみにしてたみたいだから、挨拶してあげて?私はここで待ってるね」
「そう。…わかった、ちょっと待ってて」



「深行くん」
「っ、紫子さん!お久しぶりです」
「久しぶり。…きみ、なんだか疲れてるね」
「ああ…いや、大丈夫です」

紫子はくすりと笑った。

「ごめんね。その様子じゃ、大方、泉水子に振り回されているんでしょう」
「え?」
「勿論、姫神のことも、だけれどね」

深行はその言葉を呑み込むのに時間がかかった。


(姫神抜きで…振り回されている)

(……この、俺が?)


「……っ!」

理解した途端、カアッと熱くなる。
その様子に、紫子は嬉しそうに目を細めていた。

「なんにせよ、これからもよろしくね。ああ、あとそれから―――」

続けて言われた一言に、深行は絶句するしかなかった。
頑張って、と紫子が朗らかに笑って、また泉水子のもとへ戻っていくのを、ただ呆然と眺める。

(っくそ…)

深行は、少し赤くなった頬を誤魔化すように、頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
それをまた微笑ましく見られていることも知らずに。





『深行くん―――あんまりお姫様のご機嫌を損ねないようにね』




2011.03.20.aoi