※完全に捏造未来ですので、ご注意ください。








これは、すべてが終わって、私たちが少しだけ大人になった頃のおはなし。
聞かせたいひとがいて、私は「今」を語る。




――あれから私たちは、皆それぞれの道を歩み始めた。
私と深行くん、真響さんは大学に進学し、真夏くんは牧場や馬術倶楽部に勤めて変わらず馬の世話をしている。
SMFとの付き合いも続いているし、穂高さんや如月さんとはたまに舞を踊ることもある。
いまだに穂高さんに警戒心が解けない深行くんは、胡散臭そうにわたしの話を聞くけれど、頭ごなしに関わりを反対したりはしない。 そこが昔と違うところで、大人になったんだなあ、と同い年ながら感慨深く思ったりする。
…言わないけれど。言ったら拗ねられて、とばっちりを食らうことになる。
でもそう思うのは、不可抗力なのだ。 何しろ昔の深行くんときたら、「おれ同伴でなきゃ村上先輩と会うな」という始末で、納得させるのが大変だったんだから。
え?むしろ今でも子どもだ?深行くんは全然大人になってないはずだ?…ああまあ、そうだね。うん。拗ねる時点で子どもだよね ――ってダメ!絶対にこれ言っちゃダメだからね…!!


ごほん。
姫神関連の事が片付いて良かったと思うのは、自由になった今、お母さんがよく玉倉山に帰ってきたり、 東京で私たちと会ってくれるようになったことだった。
もちろん職業柄どうしても忙しいのだけれど、年に一回しか顔を合わせなかった今までのことを思えば、 素直に嬉しくてしょうがない。

だけど、ひとつ困ったことがあるのよね………主に目のやり場に。

実はお父さんもアメリカからよく帰省するようになって――なんと、ふたりは人前だろうが、娘の前だろうが、 夫婦の愛を深めあう(要するにイチャイチャ)!
私は幼い頃の記憶を必死にかき回したのだけれど、どうもそういった印象は全くないので、目にした時は心から驚いた。
初めてそれを目にした深行くんなんて、思わず目を剥いた。 憧れの女性のこういう姿は見るものじゃないと、珍しく落ち込んでいた。
さすがに不憫に思えたのか、それとも共感するところがあったのかは判らないけれど、 相楽さんは「深行…こういうのを私はずっと見せつけられてたんだよ?」と慰めていた。 心なしか目尻がきらりと光っていた気がする。
そんな昔から迷惑かけてたのかな…確かお父さんたちとは高校からの知り合いなんだものね、相楽さんって。 本当に申し訳ない。今度お菓子でも持っていこうかと思う。
本当にそれだけは勘弁してほしいと、おじいちゃんや佐和さん一同と見解が一致しているのだ。


宗田きょうだいは相変わらずか、と思いきやそうでもない。
大人になったふたりの前に真澄くんが現れることはなくなった。それだけがとても重い影を落としていた。
でも、なによりも辛い別れは、もうずっと幼い頃に一度経験している。 ある意味耐性はあったから大丈夫、と寂しそうに笑う彼らは、時折遠くを見ては、きっと真澄くんを思い出しているのだと思う。
――もとより、いつまでも傍にいられるとは思っていなかった。
真響さんがぽつりと空に向かって溢した言葉は、今でも忘れられない。

「いつまでも後ろを向いているわけにはいかないよ。 私たちがしてたことって、結局はネガティブで、自然の摂理に逆らったものだもの」

だからこれは罰であり、絶対に受け止めなければいけないのだと、高校在学中より更に美しくなった真響さんはしっかりとそう答えた。
――そんな真響さんは、なんとお見合いをした人と婚約中だ。大学二年の夏に里帰りした際に、祖父に勧められたらしい。
この話を聞いた時はとんでもなく驚き、そして心配になってしまった。

「ねえ、真響さん…いくらなんでも早くない?すぐに後継ぎを必要とするわけではないんでしょう?」
「田舎なんてこんなのザラだよ。古いところだもの、まだまだこんなの珍しくないよ」

…真響さんの答えは、実にあっけからんとしたものだった。
いや、まあ、地域的にはそうかもしれないけれど。でも、うんまあ本人が望んで進んでいるのだし、いいのか。
こうなっては無理やり納得するしかない――だって、真響さんは幸せそうなんだもの。 以前よりキラキラと輝いているのは、そういう相手がいるからでもあるんだから。愛されているから。
そのひとは五歳は年上の大人の男で、包み隠さず真澄くんのことも話しても真面目な顔で受け入れてくれたという。
そういえば、「大人だけどね、中学からモテたって話をすると拗ねて可愛いの」と真響さんは笑ってたことがあったっけ。
わたしには一生かかっても言えない台詞に違いないけれど。 そう言っていたずらっぽくウィンクした真響さんは、とても可愛かった。


かたや真夏くんは、一応女の子と付き合ったりはするものの、長続きはしないらしい。
真夏くんいわく「なんか人間って、馬と向き合うようにはいかないよなあ」ですって。
それを聞いた時わたしは思わず吹き出し、深行くんは呆れ、真響さんは、馬と女の子を一緒にするなと怒っていた。
けど、わたしにはすこし解る気がする。
たぶん真夏くんには、安らぎを与えてくれて、静かに心の底を綺麗な目で見つめてくれる女の子がいいのだ。 いつもどんな時もそっと彼に寄り添ってくれた馬のように。おおらかで、自然に真夏くんの傍にいてくれる女の子がいてくれたらいいのに。 そしたら真夏くんは、きっと幸せだろう。
いつだったかそう言ったら、真夏くんは笑った。

「そういう子、ひとりいたけど。もう他の男のものになっちゃったからね」

もちろん驚いたことは言うまでもない。そんなひと、どこにいたんだろう?だって、在学中にそんな目立った話なんてなかった。
聞いてみたけれど、真夏くんはわたしを見つめて、ただ優しく笑っただけだった。




――さて、このへんで終わりかな。
え?…わたしと深行くん?えっと…。

「おい、鈴原ー?」

あ、ごめんね。
呼ばれてるから――――またね、和宮くん。











パタパタパタ…
窓際から慌ただしく去っていく泉水子を見送る姿は、変わらず黒い鳥のかたちをしていた。
キイ、と玄関のドアが開く音がして、外に目を向ける。
差すような日射しと、柔らかな色の緑が目に入って、まぶしいと目を細めた。


「まったく…手をつないでリードだなんて、相楽もやるようになったよね」


木漏れ日の下に、こぼれるような笑顔がある。お互いに向ける瞳はこの上なく優しかった。 繋がれたその手は、きっと、しっかりとした強さを持っている。
流れる月日が確かにふたりを、周りを変えていったのだと和宮は思った。比べて、自らのいつまでも変わらない姿。
――感傷的に感じるとは、僕も老いたか。
目をこするように羽を動かした和宮は、やがて、カア、とひとつ鳴く。
自分らしくないとわかっていた。けれど、それは確かに、彼らに送るエールのようなもの。

どこまでも紡いでいけ。いつか消えてしまうその日まで。
街の中へと歩いていくふたりの後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと眺めていた。









紡 が れ る も の



(この先も、どうか、ずっと)











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PCに眠っていた作品その3。
ほんのりと、幸せが伝わることを祈って。


2011.03.20.aoi