ミーン、ミーン…と静かに鳴り響く木々の中で、木漏れ日から時折降り注ぐ光に目を細めた。
十代の頃から幾度か過ごした山とはいえ、深行の顔をじんわりと汗が伝う。
その様子はどこかいつもより精悍さを際立たせて、暑さのせいかいやに熱のこもった眼差しが泉水子を緊張させていた。

「…鈴原」
「深行くん…」







「――ううん、違うよね。きっと深行くんに成り済ました真澄くんなんだよね」
「そんなわけないだろうが」
「だって深行くんが大学から抜けてこれるわけないもの。真響さんの言葉を借りれば、勉強馬鹿だもの」
「…鈴原も強情だな…」
「先に意地を張ったのは深行くんでしょう?」
「……」
「……」
「…悪かった」
「…どうしてきたの」
「聞くのか」
「うん。言葉にしてくれないとわからないよ」

深行のちいさなため息が聞こえて、泉水子はわずかに身を固くする。
――我儘な女だと、呆れられただろうか。
それでも、盛大な喧嘩をしたあとは、いつも強く出てしまう。現に泉水子は腕組みをして深行を迎えていた。
…傲慢だとわかってはいる。でもそんなポーズでもとらなければ、深行はいつまでも自分の非を認めてはくれなかった。
怒ってはいないだろうかと後悔が出てきたとき、泉水子の耳に届いたのは存外にも殊勝な言葉だった。


「――ひとりでいても落ち着かない」


「…ひとりが好きでしょう」
「鈴原がいるのに、ひとりになりたいわけないだろう」
「大学にこもってるんだから、別に私がいなくてもいいでしょう?」
「…大学以外はいつも一緒になる日だってくるだろ」

思わず見上げれば、深行は目を逸らした。その横顔は、みるみるうちに赤くなってゆく。
その反応だけでも、泉水子の心を溶かすには十分だった。

「…一緒にいたいと思ってくれてるの?」
「ああ」
「本当に?」
「本当だよ。…おれは、別に何も考えてなかったわけじゃない」
「………」
「その疑う目はやめろ。…とにかく、俺は、いずれはそうなろうと思っているんだからな」
「……うん」

じわじわと押し寄せる歓喜の波に、思わず笑顔になった。
なんだか照れくさい。でも、そうか、そうだったのか…と思えば、嬉しい、大好き!とするりと言葉があふれでた。 緩んだ頬で告げれば、深行は一瞬驚いた顔をした。
不思議な一日だ。ふたりして、こんなに素直になれるなんて。
深行はすぐに熟れたトマトのような顔をそらして、それでも彼の手は泉水子のそれを引き寄せた。強く。 その強さが好きだ、と泉水子は急激に近づく深行の胸を見つめてそう思う。
暑さなんて気にならなかった。些細な喧嘩の原因さえも。ただ、いま感じられるこの深行の熱い体温が、しあわせだと思った。
深行は腕のなかに泉水子をおさめ、はあ、と息を吐いた。

「…おまえさあ、なんつー恰好してんだよ」
「え?」

泉水子は耳を疑う。いまそれを言うの?
別におかしなところはない。ただのチュニックワンピースで、足首まであるタイプのものだ。 肩は出しているが、特に露出している部分はないはず。
それを言うと、深行はますます抱き込むようにした。

「……そんな恰好で腕組まれて、俺は気が気じゃなかった。誘ってるのかと思ったぞ」
「は?」
「胸」
「は………………なっ、深行くんのすけべ!馬鹿、えっち!」

ようやく理解した泉水子は憤慨した。
こんな時にそういうことを言うなんてムード台無しだ。深行は実は阿呆なのではないかと、泉水子は真っ赤な顔で真剣に考えた。
――でも、まあ、しょうがない。泉水子が実家に帰って、二週間は経っているのだ。彼も寂しかったのだろうと汲み取る。
素直じゃない深行は、口が裂けても絶対そうは言わないだろうが。


さわさわ、と風がとおる。蝉の鳴き声がいちだんと静かになった気がした。
ぎゅっと背中に手を回して抱きつく。深行の匂いを久しぶりに感じただけで、涙が出そうになった。 たったこれだけで――すごく、安心する。
そう思ったが最後、もう深行が自分の帰る場所なのだと悟った。

「…帰るぞ」

ああ、おなじことを考えている。
そのぶっきらぼうな一言にも、泉水子は心底嬉しそうな笑顔を見せた。
まるで花が咲き誇ったようなそれが自分に向けられて、深行も小さくではあるけれど――やさしく笑ったのだった。






「その前に挨拶しにいくか」
「?うん。おじいちゃん達も喜ぶと思うよ」

微笑んで同意した泉水子はまだ知らない。
深行のズボンのポケットには、永遠を誓う指輪がこっそり忍んでいることを。







きみのいう永遠が、

ぼくの永遠になりますように




(いつも、そう祈っているよ)











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「実家に帰らせていただきます」的な嫁を迎えにきた旦那、の図がすごく好きでやってみました。
とにかく、結局ベタ惚れで男の方が折れるという。
今度結婚したバージョンでもやるかもしれません(笑)
…ちなみにあれは…腕組みって胸が寄せられて強調される感じだよね、と。……ははは!(笑顔で逃走)

2011.07.30.aoi