鳳城学園に相楽雪政が非常勤講師として就任してから、親子で会話を交わすのは久々だった。
ばったり会った深行を掴まえることに成功した雪政は、放課後の屋上のベンチに座り、にこにこと笑っていた。 反対に、深行は肩を並べて座ることもおぞましいのか、ベンチの脇に立っている。ぶすっとした表情のままポケットに両手を突っ込んだ。
そこで、雪政が途中で買った缶コーヒーを渡すと、のどが渇いていたのか素直に受け取った。 こういうところは可愛いんだけどね、と考えて雪政は小さく笑った。

「いったい何を話すことがあるんだよ」
「おや、父と息子が会って話すのに理由がいるのかい?深行は、もうすこし柔軟に対応した方がいいよ」
「あんた以外となら、そうしてるよ」
「そうか?おまえのことだから、泉水子に冷たく接することもあるんじゃないかと思ってるよ。 心が狭い男は嫌われるから、気をつけるようにね」
「な…、そんなの雪政、あんたが絡んでるから――」

激昂しかけた深行は己の失言に、はっと気づき、口を閉じる。眉間に皺を寄せて目をそらす息子を、雪政は面白そうに目を細めた。

「――なるほど、私がいなければ普通に仲良く接することができているということか」
「べつに…そういうんじゃない」
「だが、私がいなければ深行は生まれてないし、泉水子と会うこともなかっただろう。怒りにまかせて礼儀を怠るのはよしなさい」

最後は父親らしく、ぴしゃりと言い放つ。
深行は押し黙った。自分でもわかっているのだろう、ばつの悪そうな表情をしている。
彼のそんな様子に、また雪政は映画スターも顔負けの爽やかな笑顔になって、言葉を続けた。

「まあ、こんな口論がしたくて深行をここに連れてきたんじゃないよ。どう?泉水子は元気かい」
「…本人に聞けばいいだろう。おれは関係ない」
「どの口がそう言えるんだ?宗田姉弟も一緒に四人で、いつも仲良くしてるじゃないか。 みんな生徒会執行部に入って毎日忙しいと聞くよ。ああ、でもひとりだけ違うか。 真夏くんは馬に夢中なようだね」
「………そんなに知っているなら、元気なのもわかってるんじゃないのか」

しっかり息子の学校生活を把握しているような口ぶりに、深行が呆れたように返した。
つくづく世間話というものができないね深行は、と雪政に言われてカチンときつつ、話の先をうながす。
雪政はうなずいて、まあ本題に入っちゃうのがいいだろうね、と認めた。
なんだよ。深行は缶コーヒーを飲みながら目で聞く。
そして、雪政の口から思いもよらない衝撃発言が飛び出た。


「突然だけど――泉水子とどこまでいった?」


途端に、深行は、ぶはーーーっとコーヒーを吹き出した。近くにあったフェンスに、茶色のしみがポツポツとできた。
そんな息子に、雪政はのんびりと叱責する。

「汚いよ、深行。まさかそんな馬鹿な振る舞いを泉水子の前で晒してないだろうね」
「してねえし今のは、雪政のせいだろ!!あんた、何を言って…!」
「素直に答えてくれればいいよ。まあ、深行なら手つなぎどまりかなあと思っているんだけれど」
「な…!」


――いいかい、キスならともかく、成人するまでは処女など奪うんじゃないよ。


雪政はまぶしいほどの笑顔で、さらりと、だがはっきりと告げた。
姫神憑きは神聖なものだからね。たやすく手にかけてはならないよ、どんなに欲情してもね。
あまりにもデリカシ―がない、彼の言葉に深行は、しばし呆然とする。
が、ようやく頭がその言葉の意味をとらえた時、怒りは頂点に達し、身体がわなわなと震えた。 キッと雪政を睨み、あらん限りの大声をぶつけた。

「…っ、この、エロ親父!!!」

だからあいつとはそんなんじゃないって言ってるだろ!と深行は怒り狂いながらも真っ赤な顔で、屋上から出ていってしまった。
ダン、ダンダンダン…。
息子が荒く階段を降りる音がやがて聴こえなくなり、屋上に再び静けさが戻る。一瞬の風が吹いた。
雪政は、くくっ、と抑えきれなくなったかのように笑いを漏らした。 雪政の身体が小刻みに揺れて、とうとう、あっはっはっは…と笑い声は大きくなり、屋上に響く。
満足するまでひとしきり笑ったあと、あー、と言いながら目の端から涙をぬぐった。そしてひとり、呟く。

「馬鹿だな、深行は。…さっきのが本当なわけないだろう」

雪政はベンチから立ち、口元に笑みを浮かべた。すっかり上機嫌で手の中の缶を弄ぶ。
あの様子じゃ本当に進展していないらしいと、それもわかって、なんだかおかしかった。
まあ、これぐらいはしたっていいだろうと思う。雪政が手に入れたいと願ってやまない少女は、深行しか目に入っていない。 彼女を守る騎士として名乗り出たというのにこの状況で、面白くないと思っていたから少しすっきりした。
深行は何気に律儀なところがあるから、少なくとも卒業までは守るに違いなかった。我が息子ながら損しているなあ、と自分が仕掛けた意地悪にも関わらず、同情する。

果たして、泉水子を手に入れるのは雪政か、深行か。

雪政は目を細めて、しばし景色を眺めたあと、いつものように自信に満ち溢れた足取りで歩き始めた。
ドアへ向かうその表情は、獲物を狙う動物そのものだった。










美しいものが美しいものであるうちに



(うばいたい、)








t.Ultramarine/∞=

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本気で息子に嫉妬する大人げない雪政さんクオリティ★

このあと深行は、雪政に言われた言葉を泉水子に会うたび思い出して、そのたび本気で雪政を殺したいと願うと思います(笑)
もしくは泉水子ちゃんを意識するようになるとか。
これから親子で泉水子を取り合っていけばいいよ!




09.10.24.aoi