悪魔はいつでも笑顔でやってくる。
どのヒーロー物でも童話でもそういうもので、現実にもそれは通じるのだと、深行は改めて実感していた。
深行の父である雪政は場合に洩れず、深行とともに駅へ向かおうとする泉水子をさらおうと現れていた。 微塵も悪びれず、堂々とした笑顔で泉水子の肩に手をおいている。これを悪魔と呼ばずしてなんと呼ぼう。 悪魔以外なら大魔王と呼んでもいい。
一見どんな俳優も顔負けの美形で、爽やかな笑顔を振りまく粋な男性と評判が良くても、この男がやろうとしていることは自己中心的でえげつないのが常だ。 生まれた時からそれをよく知っている深行は、改めて父親の振る舞いに吐き気を覚える。渋い顔で問いかけた。

「おい雪政、いま鈴原は何しようとしてたかわかるか」
「なに言ってるんだい、深行。もちろん、これからデートに行くところなんだろう」
「…ああ、学園祭でそうなったからな。で、あんたは、なんでさりげなく鈴原とふたりで行こうとしてるんだ?」

その問いに、相変わらず雪政はにっこりと笑う。

「従者といえども、おまえにはそぐわないよ。姫とデートなんて大役は私が適任だね」

きっぱり自信満々に告げられた答えに、深行は思わずあんぐりと口を開けた。
息子のそんな様子も一切気にせず、雪政は笑みを深めて泉水子に向き直る。

「さあ、深行は放っておいて、泉水子はわたしと行こうか。なにしろ、わたしは泉水子の騎士なのだからね。どこへでも好きなところに連れて行ってあげるよ」
「え…あ、あの」

笑顔で促す雪政に比べ、泉水子はチラチラと深行を気にし、戸惑っている。 そのことにいくらか救われないでもなかったが、生憎、一瞬のショックから立ち直った深行は雪政の台詞に大いにカチンときていた。 ぶるぶると怒りで身体を震わせ、乱暴に言い放つ。

「ああ行けよ、どこへでも。勝手にしろ!」
「深行の了承がなくたって行くつもりだよ。さあ、行こう」
「え、あ」

なかば引きずられるようにして、それでも泉水子は肩をすくめつつも雪政についていく。
泉水子にとって雪政は信頼できる男性なのだ。父親とともに見守ってきてくれたひとで、怖かったり嫌いだったりするわけはなかった。 たとえ彼が神出鬼没で、あり得ないことをやってのける人間だとしても。
それは、迫り来る悪意の塊が雪政だと分かった時、勘違いだったのだと彼女が驚きながらもあっさり認めた過去の経験からもよく解った。
また雪政は泉水子を実の息子よりも優しく特別扱いする。そのことに泉水子は居心地の悪い思いはしても、雪政を頼りにしている部分はある。
そこまで考えて、深行は眉間の皺を深くした。どうもさっきから目にすること耳にすること考えることの全てが不快だった。

「くっそ…イライラする」

自分が騎士だとか、深行は下僕もしくは小姓だとか言い、しまいには先程の発言だ。深行は完全に頭にきていた。
雪政はなにも深行をからかうためだけに、ああ言っているのではない。本気で、彼女を守り、守れるのは自分だと思っているのだ。 そしていつも自信に満ちてやまない彼は、公言するも憚らない。
一度は泉水子を守るのは深行だと焚き付けたくせに、今では意見を翻し、息子をライバル視している――彼は勝手だ。何度そう思って泣きたくなったかしれない。
しかし、その自信に溢れた様は苛ついて仕方がない一因でもあったけれど、それだけではない気がしていた。 何故だか、深行を気にしながらも流される少女にも怒りが募っていた。面白くない、と思う。
だが、確固たる理由も無しに二人の間に止めに入るほど深行は馬鹿でもない。けれど、二人への怒りを完全に無視して他の事柄に集中することもできなかった。
なんとも中途半端だ。ひとり腕を組んだまま苛々し続けるしかないらしい有り様に、深行はそばにあった木に思いきり拳をぶつけていた。


(ほんっとになんなんだよ…ちくしょう!)


頭を乱暴に掻いたあと、どうにも怒りが収まらない様子で、来た道を大股で戻り始める。
空で三人のやりとりを面白く眺めていたカラスが深行のそばに寄り、からかうようにカア、と鳴いた。




「きみは案外鈍感なんだね」
「和宮、それ以上なんか言ったら吊るすぞ」
「…動物虐待は反対だよ」








うつくしくも何ともない日曜に







それから三時間後、鈴原は申し訳なさそうにお土産を手にして帰ってきた。
ささやかな復讐心で、デートの続きをするか?と意地悪そうに笑って言ってやったら、 彼女が真っ赤な顔をして小さく頷き、深行は目を丸くした。


訂正、やっぱり悪くはない日曜日かもしれない。






t. is,

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雪政さんほんとにこういうこと言ってるんです

文化祭の一日デートの話です。
自分で書いておいてなんですが、ほんっと雪政さん邪魔だ(笑)
この後のデートのお話はたぶん書かないと思います。 無自覚に相手を気にして無自覚にデートしてる方が萌えるのでね^▽^!



09.10.24.aoi