普段は「式神」だの「山伏」だの「姫神」だの、一般人には聞き慣れない単語が飛び交うような日常でも、普通の高校生が送る学園生活も、当然ともにある。
そのおかげで今や複雑な事情も忘れて、慌ただしく学園祭の真っ最中だった。



深行は、苛々していた。
文化祭実行委員を連ねて学園祭の指揮を取る生徒会執行部は、当日も運営に忙しい。それなのに、一員である真響と泉水子の姿が見えない。
まったく、どこで油を売っているのだろうか。眉をしかめ、ふたりを探し出す決心をする。使えないやつなら無視をするが、執行部にそんな奴などいない。 そして自分だけが大変な思いをするのは、我慢ならなかった。

「シンコウー」
「…宗田弟」

向こうから変なあだ名で呼ぶ、宗田真響の弟の真夏を目に止める。フランクフルトを呑気に食べながらやってくる彼を、深行は呆れた顔で迎えた。

「おまえ、仕事はないのか」
「いまするところだよ、真響の命令で」
「なにを?というかおれはその宗田と鈴原を探しているんだが」
「だからさー連れてこいって言われてんだよ、真響に」

は?と目を見張る深行に、真夏は肩をすくめた。





「…なんだ、これは」
「ミスコンテストだねえ」

のんびり返す真夏に、そうじゃないだろうが、と深行は思いきり張り倒してやりたくなった。
外に作られた小さな特設会場は、大きなモニター画面が舞台に設置され、席は一般客と生徒で大いに賑わっている。 ちょうどステージには、すでに五人ほどエントリー者が紹介されていた。席とステージの脇に立つ二人からは、彼女たちと司会者がよく見える。

「なんでここなんだよ。悪いけど、こんなのに付き合うほど暇じゃない。じゃあな」
「もー待ちなって、もう出てくるからさ。まあ、ひとりだけだけど」
「ひとりって――」

まさか。
事態を飲み込んだ深行が噛みつこうとした時、思いもよらないアナウンスを聞いた。


「エントリーNo.6、一年C組、鈴原泉水子」


―――…鈴、原?

深行は舞台を見つめたまま、動けない。出るなら、才色兼備と評判が高い宗田真響の方だと思い込んでいたのだ。 真夏が横で小さく笑う気配がした。
音楽が流れ、画面に泉水子がアップで映し出される。
すこしだけ俯いた泉水子は、普段と変わらない。けれど。
会場が静まり返った。誰かの声が、綺麗、と呟いた。

深行は腕を組んだまま立ち尽くしていた。身動きひとつもせず、画面を見つめて息を呑んでいる。 その目線の先には、彼女の、儚げで、それでいてどこか凛とした雰囲気が、画面いっぱいに溢れていた。
普通に生きてきた女の子には決して真似できないたおやかさ。 音のない世界にただひとり、あざやかにそこにいる――姫神が憑くだけのことはある女の子なのだと、深行に初めて実感させる。 姫神は泉水子の邪気のない瞳でまっすぐに深行の瞳を射抜いたが、泉水子はそのひかえめさが人の心を打つに値するのだ、とも。
泉水子の長い下向きのまつげが揺れ動いた。強調されたまつげは頬に影を落とし、目をふせるとやけに色っぽい。色白の頬はうっすら赤みがさしていた。 ふっくらとした唇は赤く色づいて、かすかに光っている。
神社の娘らしく纏った巫女の衣装もおさげ髪も、普段となにひとつ変わらない。すこし手をくわえただけなのに。なのに、他の女の子とはなにかが違うと思わせる。


(これが本当にあいつなのかよ…)


深行は言葉を失うしかない。泉水子から目が離せなくなっていた。
目をとめた色づきの良いくちびるに、知らず、ごくりと唾を飲み込みそうになる。気付いて、慌てて思いとどまった。
今は伏せられた、潤んだ黒目がちの瞳が、まっすぐこちらを見たとしたら…深行は、自分が柄にもなく緊張していることを自覚する。
「……っ、」
冷静に彼女を見ていられそうにもなく、片手で口を覆い、泉水子から目をそらした。






ほう、と溜め息をついてしまうような不思議な空間は、泉水子がステージに出てきて破られる。 彼女を迎える拍手と、小さな彼女が可愛いという歓声でたくさんになり、泉水子は驚愕で身体を縮こまらせていた。
それを見た深行は、いつもの泉水子だと、ようやく身体の力を抜いた。 けれど先ほどの印象が、いつまでも強烈に深行の心を縛り、なぜか安心してはいられなかった。
いつのまにか、真響が横に立っていた。彼女は得意気に笑う。その笑みに、泉水子を唆したのはこいつなのだと深行は悟った。

「かわいいわよねー。今すぐ抱きしめてやりたくならない?」
「…宗田はどうしてそう親父が入ってるんだ」

真響のあまりにも明け透けな一言に、ぐっと詰まりそうになって、なんとか苦々しげに返す。
深行をはさんで向こうの真夏が、おかしそうに笑って言った。

「さすが真響だなー泉水子ちゃん全然違うじゃん。シンコウ、動揺してたんだぜ。泉水子ちゃんに見とれて赤くなっちゃってさ」
「ばっ、おまえ…!なに変なこと言ってるんだよ、ただ驚いて見てただけだろう」
「だからーそれが見とれてたっていうんじゃん」

真響が明るい笑い声を上げた。じゃあ成功したのね、と嬉しそうに微笑む真響に、深行は訂正する元気もなくなっていた。
でも、あれは私の実力じゃない、と真響は言いだす。

「泉水子ちゃんって引っ込み思案で一歩引いたところがあるけれど、それだからこそ泉水子ちゃんなのね」

言いたいことは良く解った。確かに、今の彼女ならば、それも美点になりうるのだとしか言いようがなかった。 それが彼女らしい、本来の美しさを引き出すとは思わず、だからこそ深行は参っている。
真響はステージを見つめて、続けた。

「でも、それだけじゃないのよね。 あれでちゃんと自分の意見をはっきり言うし、物事をまっすぐ受け止めるかっこいいところもある女の子でしょう。だからかわいくて、綺麗なのよ」

そう思わない?と、真響は、にっこりと笑った。
泉水子の中の真の美しさ強さを見抜けと、自分が不能だと宣告されたようでもあり、深行は顔をしかめた。やや間を空けて、忌々しげに答える。

「…知っている」

真響が目を丸くする。完全に予想外の答えだったらしい。負け惜しみではないかと探る瞳から、深行は顔をそらした。
深行は、知っている。だから苛立つんじゃないか、と真響に頭の中で答えた。
自らの成長など計れたためしなどない。守るべき時に何もしてやれない力不足もある。
それなのに泉水子は、こちらが思いもしないタイミングで、どこからか強さを突きつけるのだ。行動や、言葉で。
越えられそうにない壁がちらつくたび、深行は複雑な思いを抱く。 もしかしたら、彼女は自分よりも、ずっとずっと。そう思うと、何故か途方に暮れ、そんな自分に苛立つのだ。






ミスコンテストは泉水子が特別賞を獲得するという意外な結末を迎える。 優勝まではいかなくとも、明るく溌剌とした女性が多い中で、ひとり今や稀有な大和撫子を感じさせる様が目立ったらしい。
予想外の展開に、深行は再度目を丸くし、宗田姉弟は異常に喜んだ。泉水子も素直に嬉しいようだ。恐縮しつつも、頬が殊更赤くなっている。
さて随分仕事をさぼってしまった、帰るかと踵を返そうとした時、ぐっとシャツを掴まれる。 振り返れば、にやにやする真響に笑顔で止められていた。 真響の力の強さに目を見張ったその時、受賞者に花束や賞品を贈る場面に入り、真夏がステージに登場した。わっ、と観客が沸く。 しょうがなく深行は、最後まで付き合うことにする。

「どもー、生徒会執行部代表で受賞者への花束進呈にきましたー」

明るく説明したあと、手にしていた花束などを優勝者へ、泉水子へと渡してゆく。泉水子は戸惑いながらも賞品まで受け取り、真夏は再びマイクを手にした。

「えーっとですね、特別賞にはもうひとつ副賞があって、執行部からの贈り物なんですけど。まあ鈴原さん限定なんだけどね」
「わ…わたし、だけ?」
「鈴原さんもビックリしてますが。もうひとつというと?」

それはもう嬉しそうに楽しそうに言ってのける真夏がいた、と深行は後々そう思い出す。



「そこにいる同じく執行部員、相楽深行くんとの一日デートの権利でーす!」



「………」
指名された深行は、事態を理解するのにたっぷり十秒は、かかった。
だが、史上最大の歓声が深行の目を覚まし、ゆっくりと真響を見る。発する低い声には怒りが含まれていた。

「……宗田」
「いいじゃない、パートナーでしょ。一日泉水子ちゃんを楽しませてあげてよ」
「だからって、なんであいつと」

深行の怒りなどまったく気に止めない真響は、相変わらず余裕の笑みで、どこ吹く風だ。
そうした反応をよく返す、似た人物を思い浮かべ、深行はしばし殺気めいた瞳を真響に向けたまま考えていた。だが諦めたのか、ようやく溜め息をついた。 上がれと煽る、青春ゆえのイベント発生にのせられた観客にならって、ステージに目を向ける。
まったく面倒で勝手なことをしてくれたと、深行は思う。裏で画策されるのは気に食わない。
けれども、自然と足はステージへと歩き出していた。階段を登り、驚く泉水子と目が合う。
その瞬間、彼女が安心したように小さく微笑んだのを見た時――こういうのも悪くない、と何故か素直に思えた。

「…深行くん」
「仕方がないから、一日付き合ってやる」
「…ありがとう」

ごめんね、と言って、泉水子は、はにかんだように少し俯いた。 上から見える唇は、小さく微笑みの形を作り、頬が赤く染まっているような気がした。 拒絶されなかったことが嬉しいのだろうか。
深行は、いつのまにか微笑んでいた。
仕組まれたことなどもう気にならず、彼女の隣に立つのは真夏でも他の男でもなく自分であることに、深行は知らず優越感を覚えていた。










特 別 な 一 日



(鈴原…たのむからこっちを見るな)(?どうして?)






いつもは平気な上目遣いが、なぜか妙に自分をうろたえさせる。
そんな、小さな謎も生まれたけれど。





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深行くんがこんなんだったらいいな的願望を欲張って詰め込みました(笑顔)
泉水子ちゃんの変身ぶりだとか色々ものすごい妄想捏造入ってると思いますのでご了承を。

泉水子ちゃんが自分にだけ見せる顔、自分だけが許された立場に、無意識に満足しちゃう深行くん希望です。




09.10.24.aoi