ゆるやかに、おだやかに、時も想いも流れて。






放課後、深行が日本史研究会に顔を出すと、両国瑞彦がすでに来ていた。
挨拶をしようと両国に近づくと、机の上に写真が散乱しているのが目に入った。

「両国先輩。何をしているんですか」
「ああ、相楽。写真やネガを整理しているんだよ」
「へえ」

両国の側にある椅子に座り、一枚をぺら、と手に取る。そこで深行は思いがけない画を見る。

「……先輩。あの、これ」
「ん?そうそう、鈴原さんを撮っちゃったやつがよく探したら他にもあって、まとめて処分しなきゃって思って。 あ、鈴原さんには内密にね!」
「判ってますよ」

焦る両国を尻目に、深行はしれっと答えて、机の上の写真を一通り眺める。

――よくもまあ、こんなに。

深行の第一の感想はそれだった。
つい、で撮ったにしては枚数も多く、真響の写真の中にちらほらと見える。
深行は、しばし呆れて口も利けなかった。
だが、気を取り直して、かねてから抱いていた、ある疑問を聞いてみることにする。

「…ぶっちゃけ伺っていいですか。この鈴原を撮った心境って何ですか?」
「え?」

訊ねられた両国は不思議そうに深行を見やり、理由を聞く。

「どうしてそんなこと聞くんだい」
「いや…だって、宗田ばかり撮っていたのに、いきなり鈴原が入ってきたわけですし」
「ああ、まあねえ」

確かに突然だよね、と両国は笑った。
そして、しばし唸ったあと、困ったように首を傾げる。
自分でもよく解らないけどね、と前置きをして口を開く。そして深行が心底驚く発言をしたのだった。

「…鈴原さんって綺麗だよね」
「………はい?」

一体何を言い出すのか。
そう言いたげな表情で戸惑う深行がいた。
その横で、両国はスイッチが入ったのか、訥々と語るようになる。

「なんだろうね、顔うんぬんだけの話じゃないんだよ、鈴原さんは。 立ち振る舞いもだけど――舞をやってたって話だし――雰囲気も清廉としてて澄んだものがあるし。 ふとした瞬間がカメラの中に収まると、特別な空気を含んだ写真になるんだ。ある意味、宗田さんよりね」
「…はあ」
「ああいう子、なかなかいないと思うなあ。カメラ越しに初めて見た時、あれって思ったよ」

そうして、気付いたら撮っていたのだと言う。
両国にしても予想外の出来事ではあった。意図的に宗田をターゲットにしていたのとは違う、偶然できた被写体。
そしてそれは、思ったよりずっと良いものだったらしい。

どこか嬉しそうに語る両国に、深行は困惑しながら聞くしかなかった。
ただの疑問であったはずなのに、まるで墓穴を掘っているような感覚だったのだ。 別に否定的な意見を求めているわけではないけれど、さらりと流せるくらいの何でもない理由が返ってくるとなぜか思い込んでいた。 そのために、衝撃的な意見に深行はスマートに反応を返せないでいる。
そんな深行の様子に気がついたらしい両国は、頬杖をつきながら意味ありげに笑った。

「…よく眺めてみたら?鈴原さん、控えめだから分かりにくいけど、可愛い顔してるよ」
「、別にそんなことはないと思いますが。普通でしょう」
「――相楽はさ、鈴原さんのこと、甘く見すぎだよ。 そんな調子でいるとそろそろ痛い目に合うよ。彼女、ああ見えても隠れファンが増えつつあるんだから」

両国の絶賛ぶりに引いて答えた深行だが、『隠れファン』の一言にギョッとする。深行の身体が小さく揺れた。
だが、すぐになんでもないように取り繕い、俺には関係ないですから、と渋い顔をして交わしてみせる。
とはいえ、この優等生は変わらず写真を手に持ったままだ、と両国は心の中で小さく笑い、微笑ましく思った。

根は素直なのだろう。深行は魔法にかけられたように、少々しかめ面で、だが真剣な色を帯びた眼差しを写真に注ぐ。
フレームの中の泉水子の笑顔。どうして目が惹き付けられるのか解らず、見つめた。
ただ、珍しいからだろうと思った。深行といる時の泉水子は、こんなにも安心しきった、あどけない笑顔をすることはない。 だから新鮮なのだろうと。

「……」

眺めてどうなるのだろう。泉水子の魅力がダイレクトに解るわけでもないのに。
我に返った深行は心の中で舌打ちをし、すこしだけ両国を恨めしげに見やった。
泉水子を他の男に誉め称えられるのは、どうもスッキリしない。


窓から夏風が流れ、数々の写真がすこしだけ、ふわりと浮く。
パタ…と紙がはためく音を、深行は静かに聞いていた。













サ ラ バ ン ド



(ゆっくりと、めぐる)











2010.06.20.aoi