おまえにとって鈴原はなんなんだ、と問えば、少年は至極あっさりと答えた。




「おれの中で泉水子ちゃんは特別な存在だよ?」
「な……」

あまりにも当たり前かのように告げられた回答に、深行は絶句した。
真夏は深行の様子など構わず、へらっと笑う。

「真澄がさー、言ったんだって。鈴原さん、いいかもしんないって」
「…鈴原に?」
「そう。…おれ、その気持ちすっごく良く解る。なんかいいんだよ、鈴原さん。 最初からかわいいと思ってたし、じわじわくるものがあってさ。戸隠でドカンときたなー」
「……」

やはり戸隠で真夏を助けるべきではなかったか、と半分冗談めいた思考が一瞬出てくる。
が、その思考を引き出した、自らの心の機微には全く気付くことなく、深行はただ黙っていた。
真夏はそんな深行を見て首を傾げる。

「そういうシンコウはどうなんだよ。やっぱライクじゃなくてラブ?」
「…いや、別にそんなんじゃない。ただ聞いただけだ」
「ええー?だっておれにさっき質問した時、きっつい顔して怖かったよ」

それって泉水子ちゃんを取られたくないっていう独占欲なのかなって思った。

そう、あけすけに言う真夏に、深行は今度こそ開いた口が塞がらなかった。
何を言ってもその上を行くような気がして、迂闊に返事もできない。
完全にフリーズした深行を、じっと見た真夏は、やがて、おもむろに口に出す。

「シンコウは、自分には関係ないって言うけどさ。そうやっていつでも鈴原さんと自分を切り離すことないんじゃないの」
「…え?」
「これは鈴原さんとのに限らない話だけど。シンコウを見てると、そう思うよ」
「おまえだって人のこと言えない。馬か宗田が関わらなきゃどうでもいいって考えだろうが」
「あははっ、まーねー」
「……」
「あ、でもおれは鈴原さんが関わっても反応せずにはいられないよ。そこんとこ覚えといて」
「はあ」
「――話戻すけどさ。おれはそう見えるだけで、口にはしてないよ。…でもシンコウは違うだろ。 シンコウは関係ないって、鈴原さんの前ではっきり言っている」

深行は、そこで気がついた。
淡々としている真夏の、瞳や口元に潜む小さな憤りに。

「……」
「それを聞く鈴原さんの身になってみたらさ、キツイ一言じゃない?」

真夏に鋭い指摘を突きつけられるとは思わず、深行は口をつぐむ。
言い終わって少しすっきりした風情の真夏は、相変わらず真っ直ぐで大きな瞳をこちらにじっと向けていた。
だから嫌なんだ、こういう奴は。深行はそっと、悔しげに唇を噛む。
ごまかしのきかない存在は深行にとって厄介な敵だった。 今までひとりで生きていく上で身に付けた狡さも知略も、心の中でさえもあっという間に見透かされ、 身ぐるみごと剥がされるような気がした。無力に思わされるから苦手だった。
答えられないでいると、真夏はふっと眼の力を和らげた。シンコウ、と柔らかく呼ぶ。
深行はもう、快く応える気にはなれなかった。



「いつまでもそんな態度を取るんなら、おれが泉水子ちゃんを取っちゃうよ」



おだやかなようでいて、氷にも似た冷たい宣戦布告。
のんびりとした口調に潜む真剣な色を感じ取り、深行は思わずハッとして真夏を見た。
気味悪いほどの静けさの中で、時計のカチ、コチ、という音だけ響いていた。


――好きにすればいい。
投げるような気持ちで、そんな言葉さえ、すらりと出てくる。
深行はひたすら苛立ち、でもそんな自分では、もうすでに負けているのがわかっていた。
自らの気持ちもわからず、泉水子を笑顔にさせられるほどの力量を持っていないと知っているから。









最 短 距 離 で



(正解を掴まえられたらいいのに)











2010.06.20.aoi