ほんのちょっとの気まぐれだった。ただ描いてみたくなった、それだけなのよ。



雪がちらほら降っている。エクソシストになってからミランダにとって二度目の冬だった。
現在三週間ほどの任務を終え、ようやくホームに辿り着こうとしていた。
教団へと続く道を歩きながら、ああ早くジェリーのメシが食いてえなあ、とファインダーのジジが安堵にも似たため息を漏らす。 アレンがそうですね、といつもより明るく穏やかな笑顔で同意した。
帰ってこられることは奇跡、ただそれだけで幸せな気持ちになれる。そう言っているかのような雰囲気に包まれていて、ミランダも優しく笑った。

「ミランダさん、その袋はなんですか?確か行きには持っていなかったですよね」

ふと気がついたアレンが問う。ぎく、と顔を強張らせたが、ジジもアレンもその些細な変化には気がつかなかった。

「え、ええ・・・。その、どうしても捨てられない物が加わってしまって・・・それで、」

カバンには入らなかったから、となんとか答えると、アレンはああ、と思い当たったようだ。

「もしかしてそれ、あの女の子と描いた絵じゃないですか?」
「え、ええ」
「ですよね。いいなあ、僕もお絵かきしたかった」
「それはしょうがねえなあ。母親からなんか聞きだすにはアレンのその愛想の良さが役立つんだよ。善人面は利用しないと」
「あれ?なんですかそれ、いかにも僕が腹黒いかのような口ぶりは?あっは、殺されたいんですか?」
「ぐえぇっ!・・・おまえ、笑顔でひどいことできんのは腹黒い以外のなんでもねgっあkぎぐええうp」
「あっはっはっは、ジジ、あとで覚えていてくださいよ?」
「あ、あ、あああアレンくん!もう着くわ、コムイさんとリナリーちゃんへの挨拶があるから、ね、ね!!」
「はーい」



おかえり、と歓喜の声に迎えられ、コムイ室長に報告を済ませる。 リナリーから熱い抱擁を受け、ようやく自室に帰ってきた。
絵の中身について詮索されなくて良かった、とミランダはホッとする。
見せられるはずがなかった。筒状に丸まったそれをゆっくりと広げる。 そこに現れたのは、太陽のように明るいオレンジ色の髪の少年――それだけなら良かったのだとミランダは小さく息をつく。
窓際に立っていたミランダは、ふと外に目をやった。すると、外にはリナリーやアレン、おそらく二人に引っ張ってこられただろう神田、そしてラビがいた。
きっと雪が降った記念に雪合戦でもするのだろう、きゃいきゃい騒ぐ声が楽しそうだ。若いわねえ、とミランダはくすっと笑い、だがラビを目にすると表情は消えた。

ラビ。オレンジ色の眩しいほど輝く髪の少年、絵の中の少年。
普段大人びている少年が嬉々として行っくさー!!と雪玉を投げる年相応の笑顔に、ミランダは心が躍ってそしてかすかに痛む。
いつか彼は教団を去るだろう。エクソシストになったのはイノセンス適合者だっただけではない、裏の歴史を記録するブックマンとしてこちら側にきただけなのだ。 時折彼の瞳は遥か遠くを向き、誰にも傾くことなく、笑顔で人をまく。それがミランダにはいつか来る別れを予感させていた。


母親を待つ間、歌を歌いながら絵を描く女の子――カレンは言った。

お姉ちゃん、これあたしのお願い事なの!
まあ、お母さんがいてお父さんがいて、・・ふふ、好きな食べ物がたくさんあるわ。これがお願い事?
うん、いつまでもこうでありますように!ってことなの。お姉ちゃんは?
え?わ、私・・・?
うん!

カレンが指さした、ミランダのなんの気なしに描いたそれ。オレンジ色の少年と、そして。


「あれっ、ミランダー!!」
「えっ?」

我に返って外を見ると、ラビがこちらに手を振っていた。ミランダの心臓がドキンと鳴る。ラビがまっすぐこっちを見て笑っていた。

「おかえりミランダー、入れ違いにならなくて良かったさ!」
「え、あ、あの、ラビくんも任務なの?」
「うん、明日からさー、んがぁっ!!?!」

ボスッと雪玉がラビの頭に命中し、きゃははは、と笑い声が上がる。 ちょっとなにすんのあんたら!!?と頭を押さえて怒鳴るラビに、アレンとリナリーが爆笑しながら余所見してる方が悪いと悪気もなく言い放つ。 神田もざまーみろ、と口元で笑い、ユウも性格悪いなあとラビはこっそり思った。言わないのは、こんなところで六幻を発動させられてはたまらないから。
しかし諦めないのがラビだ。再びミランダを見上げ、満面の笑みを向ける。


「ミランダー、今からそっち行くから、あったかいお茶用意しててなー?」
「!?」
「なんですって、ちょっとラビあまったれてんじゃないわよあたしのミランダに!!」


驚くミランダ。すぐさまリナリーの罵声が飛ぶ。
ミランダとお茶するのはあたしよ!と黒ブーツを発動させようとするリナリーに、神田は、いつミランダがお前のものになったんだ、と呆れる。 リナリーのどこまでも真剣な瞳に慌てて教団内に逃げ出したラビに、アレンも、まったくなにしてるんだか、とため息をついた。

「これはもうラビひとりの負けですね」
「ああ」
「あたしのミランダにあたしのミランダに・・・!」
「はいはいリナリー、ちょっと怖いからその目やめましょうね。ブーツも発動しない」


ミランダはラビからかけられた言葉にぽかんとしていた。外では変わらず三人がぎゃいぎゃい騒いでいて、いつのまにかラビはいなくなっている。 当たり前だ、今からここにくるのだから。
雪は降りやまない。しばし外を見つめたあと、ぼんやりと絵を見つめた。カレンの言葉を思い出す。
私の、願い事?

―――そんなの、決まっていた。 ラビが隣にいてくれること。ラビの隣には自分がいること。おこがましくもそれがたったひとつの願いで、手は無意識に紙の上に夢を描いていた。
ただの気まぐれ、何の気なしに描いたラビ。そのラビの手は、隣に描かれた自分の手と繋がっている。

お陽さまのようなラビ。彼が笑ってくれるだけで、ミランダの心は明るくなれる。大丈夫とラビが言ってくれるだけで、ミランダはいつも救われていた。 いつしかラビに惹かれていた、失いたくないと思うようになるほどに。

そのラビが自分に笑ってくれた。一緒にお茶をしようと言ってくれた。


いいのだろうか。夢を見ても?好きでいてもいいのか。まだもう少しだけ、ずっと傍にいてほしいと願ってても?


もう少ししたらラビが来るだろう。勇気を出して、その答えを聞いてみようか。ううん、好きだと、伝えてみようか。
お茶菓子はおみやげに買ってきた珍しい地方菓子にしようと決め、ミランダはお湯を沸かすため窓から離れた。
絵を大事にしまい、ノックの声に応えるミランダの顔に陰りはもうない。








クレオンが描いた夢



(その夢、叶う日は?)






* Replica

08.11.09.aoi

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ラビミラ大好きです。原作ではあまり絡みはないですし、ラビ→リナっぽいものが描かれてますが、それでもこの組み合わせはツボです。