今日もこの小さな部屋に怒声が鳴り響く。




バタン!!!

「ちょっと獅子王!!!!あんたまたやってくれたわね、今度は被害者からの訴えが57件もきたわよ!!」
「ああ〜?なに言ってんだおまえ、そんなのは幻だ、マボロシ」
「しっかりとこの耳この目で受け取りましたっっ!!!」
「ぎゃんぎゃんうっせーな。今いいとこなんだからよ」
「生徒会室で堂々とエロ本読まない!!!!」
「いいだろーが別に。オレ様が会長だぞ、オレ様のルールに逆らうんじゃねえよ百子」
「副会長の私が逆らわないで誰があんたを止めるってのよ!!」


毎日、毎朝毎昼毎夜と繰り広げられる怒号の応酬に、書記の犀川と会計の鷲尾は顔を見合せて肩をすくめた。


パタン、とようやく雑誌を閉じて、彼はぞんざいに座り込む椅子ごとくるりと向き直った。
その端正な顔は今や不機嫌そのものだ。


「おめーなあ、なんなんだよ?一度チャンスをやったものの結局、俺に会長の座を譲ったくせに」
「う、・・・・別にっ、あの時はあの時よ、ただの気まぐれ!」
「ふうううーん?・・・・ま、いーけどよ」


興味を失ったのか、じろりと百子を睨んだあと、椅子ごと元に戻して背中を向けてしまった。

ああもう。
いつもいつも彼のペースに乗せられているようで、百子は悔しさに唇を噛んだ。

「百子ちゃんも飽きないねえ」
「そう言うなら鷲尾、あんたが止めなさいよ」
「それはイヤデース」
「笑顔で拒否るなよ」
「まあ頑張れ!」
「犀川・・そんな無責任な応援はいらない・・・」


アハハ、と笑って百子の肩を軽く叩くと、鷲尾と犀川は生徒会室を出て行ってしまった。
その後ろ姿を見届けて、言いようがない虚無感に襲われて重いため息を吐きだした。







「んー・・・終わったー・・・・」

本日の生徒会業務を終わらせてふと窓を見ると、もうとっぷり陽は暮れていて、藍色の空が現れていた。
帰ろうと鞄を持って立ち上がって、気付く。


「あの馬鹿はどこにいったの・・?」


どうやら業務に熱中するあまり、獅子王がどこかに行ったことにも気がつかなかったらしい。 私なにやってるんだろ、と自分に呆れてしまう。

灯りはついていてもどこか暗い部屋。いつのまにか私はひとりだったのか。 いつもわいわいと誰かの声が聞こえていて、誰かがそばにいるのに。
誰もいない部屋をぐるりと眺めて、瞳の奥がつんと痛む。

こんなに静かな空気を感じるのは随分久しぶりだ。だって、いつもあいつがいるから。


・・・副会長になったのは好き勝手やるあいつをできるだけ止めて、この学校に平穏を取り戻すため。 だけど、知ってしまった。獅子王の、あいつなりの学校を守りたいっていう想い。 やり方も考え方も違うけれど、根本は一緒なのだと判った。・・判ってしまった。
だから今もすぐに怒りが湧いてくることはなく。 きっとあいつは学校の周りのパトロールでもしているんだろう、なんて考えがすんなり思い浮かぶ。


そこまで考えて眉をしかめた。
あいつが来てから、思うのはあいつのことばかり。なんなの、私。
・・・調子、狂わされっぱなしだわ。



「おい、百子」
「きゃっ!!?」


突然かけられた低い声にビクッと身体が跳ねる。 おそるおそる振り返れば、ドアに寄りかかるように獅子王が立っていた。

「し、獅子王・・・!もう、驚かせないでよ!!!」
「オレはただ声かけただけだろーが。テメェが勝手にびびったんだろ」
「なによその屁理屈っ。ていうかあんたどこ行ってたのよっ、仕事は!?」
「あーうるせうるせ。5時半ぐらいからパトロール始めてたんだよ文句あっか」
「・・・・ない、けど・・・」
「ふん、そーだろ、・・・っておい、なんでおまえそんな泣きそうな顔してんだよ?」
「・・・・え?」


獅子王に言われて気が付く。自分の視界がほんの少し揺らぎ始めていることに。
あれ。なんで?なんでなの。
そういえばさっき、ひとりだと思ったらなんだか寂しくて。 静まり返った生徒会室に言いようのない不安が胸を襲った。
でもこいつが戻ってきたのを見たら。


安心、した。



「・・・・っ!!!」
「おい?どーしたんだよ」

あわてて制服の袖で目をこすりながら、バッと勢いよく奴に背を向ける。
やだやだ、信じらんない、なんであいつがいることでほっとしてんの? 違うじゃない、私はこの学校から追い出したくてでも安心なんかしたなんて、あああ今頭も心もなんかすごいぐちゃぐちゃ、 どーすればいいのよ全然わかんない!! なぜか、顔が急に熱くなった気がするし。 いつもの私じゃない顔をしてる気がしてしょうがない、そんなのこいつに見せられない!

少しの沈黙のあと、「・・はーん、わかった、」と小さく低く呟く声が聞こえた。 その声に、なにが、と振り返って聞き返そうとしたその、時。



ふわりと後ろから覆うように抱きしめられた。



「え、」
「オレがいなくてさみしかったか?」
「な・・・・っ!!」


違うわよ、と反論しようと振り返ろうとして、ギョッとする。

顔が近い。いまにもキス、できそうな、距離。思わず心臓がどくん、と大きく鳴る。
おまけに、耳元で囁くその低い声がいつになく甘くて、ゾクリとした。 触れている彼の肌からじんわりと、自分のではない体温を感じることにも体は反応して、小さくふるりと震えた。


やっとのことで獅子王を見れば、やつはニヤニヤと余裕のある笑みで百子を見下ろしている。
なにもかも見透かすようなその笑顔に、百子の体温はかあっと一気に上がった。


「は、離しなさいよっ、このセクハラ会長・・・!!」
「あ?テメエ誰に向かって言ってやがんだ、ああ?つーかそんな真っ赤な顔で言われてもあんま説得力ねえよ」
「〜〜〜っ!!!!!」

ああもうやだやだやだやだ!!!誰が真っ赤、ですって!?なんでこいつにどきどきしなけりゃならないの!
いつかの彼の会長の印である腕章を返した時みたいだ。 あの時、彼は腕章を持つ私の手に口づけをして。そうして笑った彼がいつになくかっこよく見えて。
その時と同じ感覚を今、感じてる。

でも。
でも、まだ認めるわけにはいかないのよ!!!

「いいからは、な、せっ!!!」
「ぐっっ!?」

なんとか腕の中で向き直ってガン、と勢いよく急所に足で蹴りつける。 案の定、腕は緩んであっという間に奴は床に崩れ落ちた。

「てんめえ〜〜・・・・っ!」
「なんとでもお言いっ、私はアンタの遊びに付き合ってるひまはないの!!!」

そう荒々しく捨て台詞を吐き、急いで鞄をひっつかんで生徒会室を出た。
はあはあと小さく乱れる呼吸を整えつつ、顔に手をやる。


まだ顔が熱い。なんでよ、なんでよ。

獅子王なんかにどきどきしてることが悔しくて悔しくて、私は体の熱を振り払うように全速力で駆けだした。








貴 方 と 私 の 戦 場

(絶対ぜったい、負けてやるもんか!)











08.01.04.aoi
(thanks for DOGOD69)
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高木しげよしさんの読み切りから、獅子王(ししお)と百子(ももこ)です。
いやー・・・読み切りなのでキャラが微妙につかめない。
でもその後の関係を想像すると楽しい子たちです(にまにま(キモイ

獅子王はツンデレです。たぶん。おそらく。
戻ってきたのも、灯りがついた生徒会室を見て「まだ残ってんのかよ」と思い、送ってやろうかと。 なんだかんだ言って百子が心配な獅子王が好きです(妄想のしすぎです)

好みまるだしの話ですが、なにか感じてもらえると嬉しいです。