よく友達や先輩に聞かれる、「なんでそんなに恵(けい)の世話ばかり焼いてるんだ」って。
名誉のために言わせてもらうと、別に僕は彼女にべったりくっついているわけではない。
ふと目に入った時、一緒にいる時。気がついて彼女に言ったり、なにかしてあげたりすることがある、ただそれだけなのだ。
しかし、僕らにとってはそんな至極当たり前のことが、周りの目には僕が恵の保護者、もしくは世話役のように映るらしい。
弁解すれば「いやだからそれが保護者に見えるんだって」と言われ、 そんな僕らの関係は目立つらしく「恵ちゃん子どもみたい」「いつまでもふたりで一緒のつもり?」 と皮肉を言われたことも少なくはない。
周りには一度も言ったことないけれど、僕の中ではずっと前からある確かな気持ちがあって、それをなんと呼ぶかも知っていた。
けれど周りがそう僕らを気にするのを見てはぐらぐらと揺らいで、今では何が何だかもうよく解らなくなってしまった。 ほっといてほしい。これが僕らなのだから。そうは思っても後先を考えるとうんざりして嫌な感情がうずまくようになる。
それでも、条件反射で、笑わない彼女には全身全霊で構ってしまうのだった。ほら、いまも隣で彼女は悩んでいる。







「よく眠れないの」
彼女は度々、そういった言葉をこぼす。
なんでも夢を見て必ずうなされて起きるの繰り返しで、まともに一睡もできないらしい。 そして、それは決まってストレスがたまっている時だということを、長年の幼なじみである仁(しのぶ)は知っていた。

「飴は?」
「なめたけどダメ」
「映画は」
「TVをつけたまま寝るなって怒られた」
「……ホットミルクは」
「お腹をあっためただけだった」
「それは困ったね……」
「うん……」

幼い頃からの解決法はもはや何の役にも立たないらしい。 きっと年齢とともに内に抱える重さも計り知れなくなっていくからなんだろう。 それは心も身体も成長した証だった。昔からの魔法はもう効かないほど仁たちは大きくなってしまっている。
仁は泣きそうな不安そうな顔をしている恵を見て、自分の心も痛くなった。 息がつまりそうなほど苦しくなって、恵を助けたい助けたい、そんな思いばかり膨らんでまた苦しくなる。
恵はもっと苦しいってことももちろん解っている。
彼女は無邪気で自由奔放で、たまに無鉄砲なこともしでかすほどだ。傍目には彼女には羽が生えていて、どこにでも行ける子のように見える。
けれど本当は反対で、どこにも行けやしないのだ。心は驚くほど繊細で、いつも途方に暮れた子どものようにただ立ちすくんでいる。
別に彼女は嘘をついてるわけでもなく、誰かを騙しているわけでもない。ただ強がってしまうのだった。 気がつけば本当の弱い自分を覆い隠して、傷ついているところを見せないから、つらくなってしまう。 そんな彼女が素直に弱音を吐けるのは、生まれた時から一緒にいる家族と仁の家族だけだった。
一番近くにいるから助けたい。だけど。

「……でも僕のところで寝るのはどうかと思うんだけど」
「なんで?おばさん達もお母さん達もいいよって言ってたよ」
「うっそでしょ……」

ありえない。ここまで信頼されるのも考えものだ。まっとうな性の感覚は両家の親には備わってないらしい。
僕も一応男なんですけど。仁は天を仰いだ。
すると、しかめっ面だった恵が一転して、あははっとほころぶように笑った。久しぶりに見る無邪気な笑顔だった。

「ねえね、あたしが言ったからかなあ〜?しのと一緒なら眠れるって」
「たぶんね。まったく、誤解を招くような発言はやめてよ」
「うん、でももう遅いよ、きっと。既におばさん達あたしたちが付き合ってると思ってるっぽいもん。そんなことをちらっと言ってた」

仁は耳を疑った。はい?いま、なんて?
というかそれなら尚更一緒に寝るのを止めないだろうか。もはや常識もないのか、それとも非常に寛容なのか。
きっと後者だと無理やり納得することにする。

「いやいや恵さん。そこは否定しとこうよ」
「やだよー、勘違いだったら自意識過剰と思われちゃう」
「まあ確かにそうだけど……」
「ね」
「はあ……。ところで、明日の宿題やった?」
「もち!だからもう寝っ転がってるんじゃない」

仁はなんだか面倒くさくなって投げやり気味に、話題を変えた。 恵とそういう話がしたくなかったというのもある。 このまま好きな人の話になるのも、周りに流されてそういう雰囲気になるのもごめんだった。
そんな仁の複雑な心境を知らずに、恵は能天気な笑顔で答える。
まさか眠れないなんて嘘で、ただ修学旅行気分になりたかっただけなんじゃ…、と一瞬穿ちそうになった。 その笑顔は、映画でも見て夜更かししようよと言ってるようにも見えるほど、先ほどの陰りはまったくなかった。
あれ?さっきまで悲しそうな顔してたのは誰だっけ?仁は心の中で首をひねる。

「……なら寝ようか?」
「うん。…あ。あのね。手、つないで寝てもいい?」
「……いいよ」

恵のお得意の甘え技だ。仁は思わず苦笑する。やはりそうきたか、と。
あーあ。僕も男なんだけどなあ。すごく試されてる。
小さくため息をついたけれど、こんなのはとっくに想定済みだった。昔から恵はそうだった。
隣同士の布団にそれぞれ横になって、手を繋ぐ。 小さい手だなあとかずっと握っていたいなあとか、いろんなことを思ったけれど、 とりあえず眠ってしまう前に、不思議に思っていたことを聞く。

「恵はなんで僕がいれば寝られるの」

それに、さっきとは打って変わって楽しそうだ。
そう言うと、恵は目をぱちくりとさせた。やがて、ふふっと笑って彼女が出した答えは。


「そんなの、しのが大好きだからだよ」

しのといれば、なにがあったって大丈夫だと思えるんだ。







――そっか。そういえばそうだ、この先もずっと忘れちゃいけない、大切なこと。
なんでずっと一緒なのかとか、恵がいれば大丈夫だと思えるのかとか。 悲しそうにしてたり笑顔だったりする一つ一つの恵に心が揺さぶられるのかなとか。
そういう、ふいに立ち止まって不思議に思うようなことの、すべての理由になる気がした。
そして、こんなにも彼女がいとしくて、ずっと守り抜きたいと思う確かな理由でもあった。


そうだね、そういう至極簡単で実はとても難しい、そういうものただひとつだけで、 これからも僕らは歩いていくんだろうね。そうであればいいと心から願う。
そして、もうこの先、決して見失うことのないように、と。

「……おやすみ、恵。」

優しく笑って、良い夢を、と言う。
一瞬だけ、繋ぐ手の力をこめた。恵にはそれだけで、十分僕の答えがわかるだろう。
ほら、君は安心した顔で瞳を閉じた。










恋 す る 騎 士



(この手がずっと離れることのないように)








09.08.26.aoi


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前に一度やってたオリジナル連載の高校生徒会の子たちですね。知らないと思いますけれど(笑)
しのぶの片想いのように見えて実は両想いという、幼なじみの恋愛話。
自由なようでいて弱い恵に、同い年だけれどつい保護者のように構ってしまう。 友情とも愛情とも区別がつかない「愛」を持って恵に接してる彼は、恵がはっきりと口にした言葉で目が覚めるんですね。
周りを気にして見失いかけていた気持ちを、そうだ、その言葉だ、としっかりと再認識できたという。そんな話です。