「ねえボス、キスしてもいい?」

その言葉に綱吉は、口に含んでいたコーヒーをブホッ!!と盛大に吹いた。



マフィアにしては珍しく特に急ぐ仕事もない平和な日のお茶の時間に、綱吉は髑髏と執務室のソファに並んで座っていた。
報告書を持ってきた髑髏を、綱吉がちょうどいいとお茶に誘ったのだ。髑髏はもちろん否もなく従った。 そうしてケーキをつまみながら、穏やかに会話が進んでいた時に、いきなりこの発言が飛び出たのだった。

「ボス汚い……」
「な、クロームが変なこと言うからだろー!?責められるいわれはないよ!」

出会った頃から十年は経ち、今やイタリアのみならず世界を手に握りつつあり、貫録も十分についたれっきとしたマフィアのボスの綱吉。 そんな彼は、色恋沙汰が身の上に降りかかると一転して初々しい反応をする。 人のことには敏感で、客観的に冷静に判断できる頼もしいボスへと成長したというのに、彼は自分のこととなるとてんで駄目だった。 だから今もこうして、わたわたと真っ赤な顔で慌てふためいている。
髑髏はひそかに息をついた。女遊びもおぼえたはずなのに未だこんな反応をするなんて、本当に二十四歳なのだろうか、と。
―――そこがボスの純粋でいいところでもあるけれど。
髑髏はひとり納得をするが、ちゃんと答えをもらっていないことに気がついた。一緒にコーヒーが零れたところを拭きながら、改めて聞くことにする。


「ねえボス。どうなの?」
「え?どうって、なにが?」
「だから…キス、してもいい?ってこと」


落ち着きかけていた綱吉の頬に、髑髏の言葉にまたサッと朱が交じる。それを見て髑髏は心なしかうっとりとして綱吉を見つめる。
え、あー、えーと、とトマトのような顔をして頭を掻いているボスは本当に可愛い。自分よりもずっとずっと、可愛い…そう思ってしまうのだ。
その感想を骸に告げれば、きっと彼は笑顔で同意するだろう。綱吉くんは可愛いからついいじめたくなっちゃうんですよねえ、とかなんとか言うに違いない。


「えっと。あのさ、クローム。…どうしていきなりそんなことを聞くの?」


どうしてって。思いもよらぬ質問に髑髏は、ぱちくりとこぼれそうなほど大きな瞳を瞬かせた。
そんなの、決まっているわ、と髑髏は無表情のまま首をかしげる。


ボスが大好きだからよ。


そう言うと、綱吉の顔はもうさらに真っ赤な林檎のようで、耳まで赤くなって――やっぱり髑髏は艶めかしく微笑みながら思うのだ―― ああ食べちゃいたい、なんて可愛い可愛い私のいとしのボス!

とうとう我慢できずに、布巾も放り投げて、髑髏は自分から綱吉の首に抱きついて唇にキスする。
んん、ちょ、クロー、ム、と慌てる声が上がるけれど、そんなのはお構いなしに綱吉の唇を啄ばんだ。 何回も短く触れ合っているうちに身も心もとろけそうに熱くなってきて、もっともっと奥まで触れたいと進みかけた、その時。

しょうがないなあクロームは、と綱吉は苦笑いして。
宙に浮かんでいた彼の両腕が力強く髑髏を抱き込み、口づけはさらに深くなった。 やられっぱなしだったはずの彼の舌は、いつのまにか主導権を握って髑髏の口内を艶めかしく動く。


あ、ら?と髑髏は思う。

そのあきらかに上手いキス、綱吉には似つかわしくないと思う積極的な姿に、なあんだ…と髑髏は驚きを通り越してむしろ感心してしまった。 ボスも伊達に女遊びしてるわけじゃないのね、と酸素不足になりつつある頭で髑髏は、ぼんやりとそんなことを思う。
もはや唇は心地良く綱吉の望むままに翻弄されていた。
そして、いったん唇を離して耳元で囁かれる、真剣な熱を帯びた一オクターブ低い声で。


「きみが望むなら骨の髄まで愛してあげるよ、」


形勢逆転。今度は髑髏が真っ赤になる番だった。
おかしいわ、すべてにおいて私が上で、私がボスを食べたかったのに。
心もち頬っぺたを膨らませてそうは思っても、髑髏の真上には天井、身体の下にはソファ。 そして極め付けは綱吉のセリフと、見たことのない雄々しい笑顔―――やはり綱吉も「男」なのだと、自分は舐めきっていたことに気づくけれどどうしようもない。 もうどうしたって綱吉の勝ちだった。髑髏には黙って彼の愛に溺れる道しかない。
覚悟してね、と綺麗に笑う綱吉に、もはや捕えられた兎のような髑髏が小さく頷く。
ああ、どうか誰もここに入ってきませんように。
ひとつ祈って、もう力の入らない両手で彼の背中に必死にすがりついた。









召 し ま せ 、ボ ス



綱吉の少年のような小さな愛の告白を聞くのは、
もうすこしあとのはなし。







09.11.08.aoi

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ほぼ一年前にできていたのに、なぜかアップし忘れていた作品。いや、一回アップしたような気もするんだが…。
とりあえずボス大好きな髑髏ちゃんが書きたかった。

綱吉は結果的に言えば純粋な羊の皮をかぶった狼です。 猫かぶりしてるわけではなく、髑髏に攻められて男の本能が目覚めちゃった感じ。