「椿君、どうなさったんですか」

「椿君、無理はいけませんよ?」

「椿君、頑張ってくださいね」


――春も夏も秋も冬も次の年もその先も、振り返れば彼女は聖母のような暖かな笑みをもってそこにいた。 いつでも、柔らかな羽毛のように難なく椿の心に入り込む。
そして時にはやんわりと椿を叱責したり桁外れの金銭感覚で椿を呆れさせたりと、彼女は恋人でありながら妹のようであり姉のようであり母のようである存在だった。
いつからだっただろう。 根っからのお嬢様気質で、たまに付き合いきれないと思うような欠点も持つ、けれど彼女の包み込むような優しさに、いつも椿は参ってしまう。 何かを言おうと思っても、そのあたたかな眼差しを持った笑顔に黙ってしまう。 真綿のように、頑なな椿の心ごと包みこんで、だから、いつからか椿には、彼女でなくてはひどく寂しかった。
それは、出会ってから十年近く経った今もそうだった。



ある日の昼下がりの喫茶店で、カランコロンと鳴るベルと繰り返される店員の声を聞きながら、椿はただ黙ってコーヒーを手にしてばかりいた。
いつまでたっても本題を切り出さない椿に、向かいに座っている美森が嘆息する。

「椿君ったら、さっきから一体何を言いかけてるんですか?」
「いや…」
「何でもないことなんですの?」
「いや、何でもなくはなくなくない」
「ふふっ、その言い方。高校生の時よく言ってましたよね、主にスケット団相手に。椿君は変わらないですね」
「…そうか?」
「ええ。…――ねえ、椿君」
「なんだ?」


「女は変わっていくのが常ですわ。…早くしないと置いてっちゃいますよ?」


…は?
思わず眉間の皺がぽろりと取れ、目を丸くしてぱちくりとしながら彼女の顔を見た。
けれど、美森は相変わらず誰にも真似できないほどのにっこり顔でいる。何を考えているのかさっぱり読めない。
…自分は変わらないけれど、美森は変わってゆくというのか。一体、どういう意味だろう。何の意味を持つのだろう。
困惑する一方で、頭の片隅にきらりと答えの片鱗が光る。

…――いや、まさか。

うまく反応できないでいると、彼女は鈴を転がすような声で楽しそうに笑った。
その笑顔に目眩がする。同い年だが、まるで彼女の方が歳上のような。 そんな風に楽しそうな表情をされた時は特に、彼女の手のひらの上で踊らされているような錯覚に陥る。
おまえはミモリンと接する時が一番幼くなるな。おまえは、彼女に弱いんだ――と椿が最も忠誠を誓う元生徒会長にも言われたものだった。
美森はその笑みを崩さずに軽やかに告げる。それはきっと最終宣告のようなものだと椿は悟った。


「そうそう、聞きました?…藤崎さんと鬼塚さんが結婚なさるんですって」
「………」


おめでたいですね、と悪戯っぽく上目遣いでこっちを見ている美森に反して、椿はガクリと頭を下げる。はああ、とため息をついて片手で頭を抱えた。 目を閉じる瞬間、美森の茶目っ気あふれた笑みが深くなったのが見えた。

ああ、やっぱり。彼女は解っていたのだ、椿が一体何を言おうかためらってるのかを。 双子の兄でありながら永遠のライバルである藤崎の名を出すあたり、もう決定打だ。
―――なんで解ったんだろう。これだから、彼女には勝てないとつくづく思う。
きっと、これからも。彼女の望み通りに動く自分がいるだろう。それはまさしく、惚れた弱みってやつだ。
ふっと笑みが零れた。珍しいそれに、あら、と少し驚いている彼女の瞳をまっすぐ見る。

「あー…丹生」
「はい、なんですか?」



確信犯な君に贈り物をあげよう。名字、という名の贈り物。
君が望んでいたものはこれなんだろう?










き み に 贈 ろ う



(そうしたら彼女は、やっと嬉しそうな顔をして笑った。)









09.11.08.aoi

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WJのスケットダンスから。
とっても面白いんですよー^^ぜひぜひ読んでみてくださいませ!
スケットは第一にボスヒメ、生徒会なら椿丹、安雛、榛雛が好きです。安ヒメ、榛ヒメもアリ☆(節操なし)


おまけ↓

「まっさか椿ちゃんとミモリンが結婚だなんてねえ。やっとって感じだけど」
「驚きだよなあ。藤崎の結婚もだけど」
「ね。そうだデージーちゃん、デージーちゃんは結婚に憧れる?」
「ええ、まあ」
「おほっ、じゃあデージー、そろそろ俺と結婚するか?」
「ちょっ安形それオレがいる時に言うことじゃなくない!?おまえどこまでマイペースなの!?」
「…金銭的に問題ないのなら結婚してもいい」
「…デージーちゃん。顔、真っ赤だよ」
「かっかっか、デージーらしい答えだな。んじゃ早速行くか」
「え、どこへ?しかもなにさりげなく手繋いでんの君たちは?」
「ん?そりゃ式場決めに」
「早っ!!!!早いよ安形!!段階踏めよ、まずは親御さんに報告だってば!!」



オカンな榛葉とマイペースカップル安雛。