幼い頃のように、野梨子の家の縁側で、ふたり並んで西瓜を食べていた。
珍しく和服ではないノースリーブのワンピースを着た野梨子の可愛らしさに、清四郎は大人びた微笑みをもらす。
目ざとく気付いた野梨子は、小首をかしげた。

「なんですの?清四郎」
「いえ、ただこうしたふたりの時間を過ごすのは随分久しぶりだと思いましてね」

ああ、と野梨子は笑った。
いつも有閑倶楽部の誰かしら傍にいるから、昼間からふたりでいるのはちょっと珍しい。

「昔に戻ったみたいですわね。清四郎ちゃん」
「止してくださいよ、野梨子ちゃん」

お互いにいたずらっ気のある笑みを交わして、縁側に笑い声が響いた。そうして穏やかに時は流れていく。
有閑倶楽部のメンバーとドタバタ騒ぎを楽しむのもいいが、野梨子とふたりで落ち着くのも、清四郎は好きなのだ。
蝉の鳴き声をBGMにしばらく西瓜を食していると、ふと野梨子が沈黙を破る。

「おばさまがまたお見合いの話を持ってきたんですの」
「またですか」
「ええ、また」

もう数えるのも面倒くさいくらいになってしまいましたわね、と笑う彼女は男嫌いで有名だ。
初恋は経験したものの、さっぱり恋愛も結婚願望も芽生えないらしく、今回も断るようだった。
おばさまがうるさく言ってくるんですけれどね…、と野梨子はため息を漏らした。 それも束の間、すぐに顔を上げて、真っ直ぐに、明るい眼差しで清四郎を見てくる。

「私結婚なんてしませんわ」


「だって結婚したら、清四郎とこうしていられなくなりますものね」



おそらく他意はないだろう無邪気な笑顔と言葉に、清四郎はいいかけた言葉を呑み込んだ。
言えば、相手は目を瞬かせた後、面白い冗談ですわね、と笑うのが目に見えていたからだ。
賢いのにどうしようもなく自分のことに関しては鈍感な野梨子。 清四郎はそれなりに態度に示しているつもりではあるけれど――特に気にかけたり優しくしたり―― 昔から近くにいすぎたせいか、幼なじみが自分を憎からず思っていることに気づかないのだった。

(まあったく、なんでこの子は気付かないんでしょうねえ)

それで今日も仕方なく苦笑して誤魔化し、そうですね、と軽く相槌を打つしかない。
口を付けた西瓜は、どこか甘酸っぱく、せつなかった。
清四郎は笑ったまま、言えないたったひとつの言葉を反芻して、種を出す。






『なら、僕と結婚すればいいんじゃないですか』








なにげなさはすこし脆くて



(だから臆病になる)(愛を失いはしないかと)








t. Ultramarine/∞=


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久々に有閑倶楽部を読んで、やっぱりこの幼なじみコンビは好きだなあ、と。
普通に夫婦ですからね、このふたり。早く結婚すればいいのに…!

2010.08.23.aoi