お花見の時にいるのかと聞いたら、トランプカードで額を突き刺されたことを思い出す。 あれは強烈に痛かった。 トランプは意外と鋭利なものなのだとひとつ勉強になった。
しかし、なぜ最近攻撃されることが多いんだろうか。 いつのまにか彼女のなにかツボを押しているらしく、コンマ1秒の速さですぐさま反撃される。
でも俺は特別攻撃されるようなことは言っていないしやってない、と思う。 自分の一体何が悪いのか、依然としてわからないままだ。
でもそこまで考えてひとつの答えにたどりつく。
おそらく、はぐらかされてるのだ。ああいった行動に出たのだ、きっと好きなひとがいる。
いつも痛みの方が先立って、そのあと深く考えることもなかったけれど、今思い返してみて初めてわかった。
・・照れ隠し、か?それとも俺には言えないっつーか言いたくないとか? 意識的に隠してる・・・やべ、イバちゃんならめちゃくちゃありえる。 イバちゃんは自分のことを必要以上に話さない子だから。
でも・・なんだよ、なんだよそれ。この予測は絶っ対、当たってほしくねえ。 だって隠すとか・・・そういうことするような仲じゃないと思っている、のに。 なんか、イライラ、する。
そう、あの時も今と同じように。いつもと違う彼女が瞳に映った。
「キューちゃん、どうかした?・・顔・・怖いよ?」
うそ?
無意識に眉間に皺が寄っていたらしい。さすさすと眉間を撫でる。
サトがこっちを向いたため、マモルも教科書から顔を上げて俺を見た。
・・おまえ本当にサトには敏感だな。いいけどよ。
そして、なんだよ?と言いたくなるほどマモルはじーっと見つめてくる。
おいおいなんか言えよ。 こっちが冷や汗をかきそうになった頃、ちらりとどこかを見てからポン、と俺の肩を叩いた。 ドンマイ、という言葉とともに。
・・・え、なに?俺はなにを励まされている?
戸惑ってチョコレートの包み紙をギュッと握り締めてる俺に、マモルは衝撃の一言を言い放ったのだった。
キューはそのイバちゃんにもらったチョコがあれば頑張れるんでしょ。
、は・・・・・っ!!? な、に、なんだよ、それ!
別にこれはイバちゃんがくれたってだけで・・っていうかちゃっかり会話聞いてたのかよ!
「ど、どういう意味だよ、それ?」
「キューが一番よく判ってると思うけど」
「おい俺が絶対判んないの知ってて言ってるだろ。そうだろ?」
「ちょっとキュー、ケンカするんなら席離れるか表出るかしてよ。今勉強中なんだからね」
「う」
「イバちゃん、ケンカじゃないから大丈夫。 ただキューは昔からイバちゃんからなにかもらうとご褒美だと思って頑張るよね、って話」
「、・・・な・・・・!?」
「え・・そうだっけ?」
「うん。試合とか試験とかに限らず、おにぎりやお菓子をもらって励ましてもらうと必ず成果出してたよ」
「う、え・・・っ!!?」
「へえ、マモルよく見てるね。わたし全然気付かなかったよ」
「ふたりとも無意識だからでしょ」
「な・・・!」
「そっか。・・・じゃあキュー、それ食べたのになんでまだだらけてるのよ?」
なんでイバちゃんにもらっただけでこんな言われよう?
俺はすっかりうろたえてしまった。 完全に予想外なことを告げられて心臓がおかしなくらい動揺している。
どうしよう。今すっっっっげえ、恥ずかしくて恥ずかしくてしょうがない。 絶対、顔、真っ赤だ。なんでだか体中が熱い。
俺今までそんなことしてた? 確かにさっきもらった時すごく嬉しかったし、ああ頑張ろうかなって・・・・うわ、確かに俺さっきそう思った!! 思ったよ思いきり"じゃあやるか"って気になってた・・!嘘だろ、マモルの言う通りかよ。
でもでもなんかそれって、さ。
俺、母親のエールで頑張る子どもみたいじゃん。
違う?でもそういう感じがする。 だって思い出してみれば、昔からイバちゃんに認められたり背中押してもらえることがたまらなく嬉しかった。
そして、それはいまでも、変わらない。
そう思ったとたん、一段と耳が熱くなった気がした。
「・・・・・っ、」
今、なにを思っているか気付かれたくはない。
「・・・いや、ち、違うってイバちゃん、俺はちゃんと答えを考えていたんだって!そう、・・これ!」
「これ?なになに。・・・loveを使った英文を書け・・くどき文句でもよし・・? なおこれを授業内で発表してもらいます・・。 ・・・・・・・あんたんとこ、こんなのやってんの・・?」
「え、あ・・?」
「え!?なになに、キューが愛のセリフを英語で言うのー!?」
「うっわなんだそれ!」
「キューちゃんが・・ぷふっ、ご、ごめんね笑っちゃった、あ、ははっ」
「う、うううっせ、笑うなよおまえら!! しょーがねえだろ、あれだよ、ナイスバディな恋愛の達人フジコ先生が出す問題だから!」
「わはははおまえんとこそんな先生いるの!?」
「まあアホ校だからね」
「マ、マモルくん!」
「おーおーさっきからいい度胸だなマモルよ! 最近新しい格闘技覚えたんだよなーちょっと試す?」
「あんたいいかげん技のレパートリーを増やさざるをえないような生活を改めたらいいと思う・・」
「私はマモルじゃありませんルモーマです」
「ぎゃはははは!!!!」
「おまえはどっからどう見ても白馬守だっつのなめてんのかてめー!!」
「え、ちょ、キュー、だからやるなら表出てってば!!!!」
「うおっあぶねーよ!!」
「あーーーあたしのジュースがたい焼きにぃぃーーー!!」
「ミ、ミケ泣かないで」
「おいおまえらいいかげん店を出・ろ!営業妨害すんなそこテーブルに乗んじゃねえぇぇぇ!!!」
ぎゃあぎゃあとみんな完全に勉強を放棄して騒ぐうち、 あのマモルの妙な励ましも言葉も、苛立ったり赤くなったりした奇妙な気持ちも、それらすべての理由も すっかりどうでもよくなっていた。
ただひとつだけ、どうしても忘れられないこと。
そのチョコを街で目にするたび、思いうかべるようになった。
どこか悟ったように自分のことかのように言ったイバちゃんに疑問を抱いたあの時。
"片想いでも両想いでも難しいんでしょ"
目を伏せて言った彼女とともに、桜のはなびらがスローモーションで見える気がした。 それは、いつまでも俺の中で消えない残像だった。
いつかイバちゃんの好きなひとについてわかる日がくるんだろうか。
教えてくれないのがなんでこんなに淋しいのか。 ずっと一緒に過ごしてきた、ただそれだけで何もかも知っているような気になっていて、実はその逆だと気付いた。 幼なじみってだけですべてわかっていたいと思うのは子供のような我儘なんだろうか。
みんなみんな変わってゆく。 いつもの日常でも水面下でひっそりと。 声も音も立てず。
それでもずっとこうして一緒に笑いあう日常が、ゆるゆると遥か遠くの未来まですべり落ちてゆけばいい。 ずっとつながっていけたら、六人で笑いあう未来が確かにあるのなら、 本当は恋とか自由とかそんなものがなくても満足だと思えた。
それほどに大切な、大切な。
このままでいたい。
そんなことをいつからか願うようになってしまったことが、 大人になる一歩手前の道を歩いている証のような気がしてならなかった。
そして、俺の知らない女の子になっていかないで、と懇願にも似た気持ちで思うことも。
桜 色 の 僕 ら は い つ も
(とまどいながら、歩いていく)
(とまどいながら、歩いていく)
* 影
08.02.04.aoi