「うわあー…!!」 泉水子は目の前に広がる景色に感嘆の声を上げた。 窓から見えるのは青い空と見渡す限りの海で、窓を開ければ心地好い風が吹き抜ける。 泉水子は、後ろへ振り返った。 「深行くん、ここすごく綺麗ね。ありがとう!」 行くならどこがいい、と聞かれて海だと答えた泉水子にとって、最高に気分がいいらしい。 どうせならと海が見えるホテルをとってゆっくりできるようにした深行の心遣いもまた良かったようだ。 子どものようにはしゃいで、すっかり上機嫌の泉水子に内心苦笑しながら深行は、どういたしましてと返した。 二人分の荷物をテーブルに置いて、泉水子の隣に立つ。 深行もまた予想以上の風景に、普段は鋭い瞳を丸く見開いた。 「確かにいい眺めだな」 「うん。なんだかこの間まで大変だったことも忘れちゃいそうだね」 「…それ、言う時点で忘れられてなくないか?」 「…あ、はは」 とはいえ、こうして泉水子が隣にいて、穏やかな休日を過ごせていること。それだけでも深行にとっては何よりの幸福だと思えた。 きらきら光る水面のまぶしさが、泉水子にまでかかっていて、深行は目を細める。 彼女は姫神憑きだけれど…本当は天女なのかもしれない。いつかは空へ、海へと自然のあるがままの姿へと還るひと。 そんなことを考えた次の瞬間、思わず泉水子を腕の中にしまい込んでいた。 ぞくっとする不安は今この時も蘇り、いつでも胸のどこかに巣くっていることを思い知らされる。 これじゃあちっとも休息にならない。深行はため息をつきつつ、腕の中の彼女を確かめるように力をこめた。 いつも思う。非日常の中心となっている彼女が様々な問題とともに目の前に晒されるたび、このままではいられないんじゃないかと…。 泉水子は黙って閉じこめられるがままだったが、やがて頬を染めながら顔を上げた。そして、まるで小さな花のように笑った。 その笑顔がどれほど深行の胸を締め付けるか、彼女は考えたことはないんだろう。 「…大丈夫だよ?深行くんがいるから、何があっても頑張れるもの」 ね、だから元気出して。そう言う泉水子は温かな母性で包み込むかのように、両手を深行の背中にまわしてポンポン、と軽く叩いた。 深行は、それに黙って泉水子の髪に顔を埋める。さらに腰と肩に回した腕に力をこめて首筋に唇を寄せれば、深行くん!と慌てたような小さな抗議が聞こえる。 けれど、一切無視をした。…このまま永遠に閉じ込めることができたなら。 誰にも傷つけられることなく自分だけが泉水子の世界となったならいいのに。 無垢な笑顔を涙で濡らした扇情的な顔に変える悦びも知ってしまっているから尚更。 「み、深行くん…?あの、ま、まだ昼だし…」 「関係ない。…今すぐ抱きたい――確かめたい」 本当に、彼女はどこにもいかないのかと。自分のものなのかと。今すぐ確かめたかった。 耳元で囁かれた言葉に顔を真っ赤にして声を失う泉水子がいたけれど、泉水子の服の襟をぐいっと片手でずりおろす。 あらわになった首筋から肩へときつく唇を押し当てた。たったそれだけで泉水子もたちまち荒い息を溢すから、深行もますます本気になった。 身体ごと抱き上げてベッドの上に座る。 泉水子はすでに茹で蛸のようで、身を縮こまらせながら睨むように見てきた。 「なんで…海を見に来たのに、」 「明日ゆっくり見れるから」 「そんな、もう、深行くんてば…すぐこういうことばっかり…っ」 「仕方ないだろ…男なんだから触りたいって思うのは当たり前だ」 「わ、私は女だから言われてもわからないよ」 言ったあとでしまったと口を押さえても後の祭りだ。 ――なら、とことん身体に教えてやるよ。 そう言って満面の笑顔をした深行に泉水子は青ざめた。女の子なら誰でも見とれるような笑顔をしていても、危険だと本能が告げている。 そしてその予感は、見事に当たってしまうのだった。 空と海はすでに背中合わせの世界。お互いの瞳には、もうお互いしか映っていなかった。 next |