これが俺たちの日常。変わることのない平凡な日々。 一方通行な想いも、そのままに。 「よ、イバちゃん。あっそびーましょー」 「やだ。」 「なんで!」 「なんでって・・宿題済ませなきゃいけないの。数学と英語が山のように出たからね」 「まじかよ。・・・あ、ついでに俺に英語教えてくんない?教科書と宿題で判んないとこがあんだよ。 その代わりに数学で判んないとこは教えるからさ。一緒に勉強しようぜ」 「・・・・あんたんとことうちの進みは一緒なの?」 「・・・・それを言っちゃいますか」 「言っちゃうね。だってキューの学校の偏差値は」 「わー言うな!!それは頼むから言ってくれるな!」 「―――はあ・・・」 「なに?なんでため息?」 「・・・なんでもない。いいよ、早く一番星いこ」 「ああ。教科書取ってくるから5分後にまたここでな!」 「はいはい」 ずいぶん長くなってしまったが、こんな会話を経て現在、一番星の一角のテーブルを占めている。 マスターが、いつも言ってるけどここを溜り場にすんなよ!とかなんとか叫んでいるが気にしない。 うん、聞こえないふりだ。 案の定俺達だけじゃなく、いつものメンバーがそこにいた。 ふたりで勉強を始めたのを見て、他の者も出て行って勉強道具とともに戻ってきた。 みんな宿題があるというから、ああやっぱり高校生は中学生より大変なんだと、こういう時に実感する。 結局、総勢6人での勉強会となってしまい、イバちゃんがマスターに申し訳なさそうに謝った。 マスターはうるさいのはいつものことだからイバちゃんは気にすんなと笑っている。 マスターって結構女の子には甘いんだよなあ。人のこといえないけど。 やっと落ち着いて、コ型のソファーに、はじからマモル、俺、イバちゃん、ミケ、クロ、サト、とぐるっと並んで座った。 勉強を開始してから、ミケは5分ごとに泣き言を連発し、クロがいちいち助けてやっていた。 お疲れ。クロ、なんかやつれ始めてるけど大丈夫か?たぶん精神的疲労だ。 あいつがちゃんと受けてる授業ってきっと体育だけなんだろう。中学の時もそうだったもんな。 呆れを通り越していっそ哀れに思えてくる。こいつと同じく、バカという括りに入れられている自分がなんだか悲しい。 俺は寝ないでちゃんと授業受けてるっての! 他の3人は黙々と進めている。 マモルの教科書の下から囲碁入門というタイトルが見えた気がするが、この際気にしないことにする。 うん、いいんだこいつも真面目なはずだ。たぶん。 俺はなんとなくシャーペンをブラブラと弄びながら周りを眺めていた。 ななめにぎゃんぎゃんじゃれあう猫2匹――正確には二人だが――を見て、ふと思い出す。 そういえばこいつらぎこちなくなった時期があったな、なんて。 あれは春のこと、今より4ヶ月も前だ。 ようやくミケは自覚したか、と思いきや不器用だから変な方向へ転がりそうになった。 だが、今ではそれもすっかり元通りだ。・・いや違う、すべてがそうではないだろう。 よくよく見れば、クロのミケを見る瞳は今まで以上に優しさに満ちていて、 ミケはなんだか"女の子"のようにクロに微笑むようになったことに気付く。 なぜ当の本人たちにはわからないんだろうと思うほど、お互いの瞳が好きだと叫んでいる。 ・・少しずつ少しずつ、じれったいと思うくらいの速さで、だけど確実に変わっていってるのだと思う。 伝えることはなくても、ふたりの想いは同じ方を向いていて、しあわせにつながる恋をしている。 それは周りが一番よくわかっていた。本人たちよりもずっと。 うらやましかった。憧れる。 ふたりはふたりでいなきゃだめだと、そういう確立された関係であることが。 そうして次に自分の恋愛を思い浮べれば、出てくるのはため息だけだ。 まったく、なんでこうも違うんだろうか。愛しいあのひとはちっともこっちに振り向いてはくれないというのに。 はやくくっつけばいいのに、と嫉妬と羨望、苛立ちがごちゃまぜな気持ちで毒づいた。 「キュー、勉強終わったの?」 「ん?いやちょっと休憩」 へにゃり、と笑ってみせればイバちゃんは呆れたようにはあ、と息を吐いた。 何を言いたいかよくわかる。だってまだ30分くらいしかたっていない。 我ながら集中力がないなあ、とは思う。 「これでも食べて頑張りなよ。はい」 そう言ってバッグから取り出して俺の目の前にポン、と置かれたそれを手にとってみる。 チョコレート、だ。美味しいと有名な、どこにでもあるやつ。 ちょっと目を丸くして彼女の方を見ると、少し得意気な笑顔にぶちあたった。 疲れたことを察してくれたのだろう。・・まったく。こういうところが憎い。 彼女はこんな気配りが自然とできてしまうから、みんなみんな頼りにしてしまうのだ。 それはイバちゃんにとって得なのか、損なのか。 そう思うけれど、わからない。 大事なのは、今その優しさが自分に向けられたということ。 いつのまにか口角が上がっていたらしい。 なに、にやにや笑ってんの、と気味悪がられた。 失敬な。嬉しくて顔がゆるんだだけなのに。 「サンキュ、イバちゃん。これすげーうまい」 にかっと笑うと、イバちゃんは一瞬間を置いてから、それは良かったというように静かに微笑んだ。 ・・・・あれ、。どこかで見たような、顔。 ああ、ミケだ。ミケと同じような笑顔。 見た瞬間、違和感とともに心の奥がざわざわする。 ・・・イバちゃん、そんな風に笑うことあったっけ? だってそんな笑顔見たことねえよ。 なんだかすごく大人に見えた。一瞬、綺麗だとさえ思った。 なんだろう。ミケもイバちゃんもみんな一緒に過ごしてきたよく知っている幼なじみなのに、 いつからか時々そんな風に見えることが多くなった。 まるで知らないひと。 万華鏡のように、いつしか知らない顔がくるくると見えるようになった。 どういうことなんだろう。俺たちが大人になりつつあるということなのか、それとも距離が離れつつあるから、なのか。 疑問は頭の中で廻り続ける。ぐるぐるといつまでも。そんな初めてのことに、俺は戸惑うことしかできない。 もう教科書に目線を移したイバちゃんの、ふるふると揺れる伏せたまつげをぼんやりと見つめる。 やっぱ女の子、だよな。やわらかそうだし。 ひとつひとつが実は繊細にできてる生き物のような。 イバちゃんは押し隠すのがうまいから見えないだけ。本当はその強さの下に脆さが埋まっている、そんな気がする。 ・・・・・そういえばイバちゃんの好きなひとって誰なんだろう。 next |